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アマデウスたち

中川衛
デザインが拓いた伝統の新境地

週刊ダイヤモンド編集部
【第30回】 2008年5月23日
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中川 衛
写真 加藤昌人

 静寂のなかに、チンチン、チンチンと鏨(たがね)を打つ高い音だけが響き、手元の朧銀(おぼろぎん)が薄く削り取られていく。広い作業机は整然としていて、工房というよりむしろ、書斎の佇まいだ。ここ加賀に伝わる象嵌(ぞうがん)は、器物を彫った凹面に金、銀、青金、赤銅、4分1などの金属を幾重にも重ねて埋め込み、器物の表面と同じ平らに仕上げる。高度な技能と熟練が要される。塗装ではないから、金属の光は内側から放たれ、存在感を示す。

 生家は農家、松下電工に勤め、電化製品のデザインに携わってきた中川衛には、金工の経験も知識もまったくなかった。27歳のとき、母の介護のために退職して故郷金沢に戻るが、たまたま展覧会で観た加賀象嵌の鐙(あぶみ)に心を奪われ、「最後の技術者」といわれた高橋介州に弟子入りする。制作の手伝いに始まり、道具や材料の自作や調達まで身につけた。一つひとつ、刃先の形状を変えて研いだ鏨は、250本以上ある。

 「11年間は毎日が寝不足だった。人より1時間よくすると、2~3年ではわからないが、いつの間にか差がついている」。入門から5年後には、日本伝統工芸展に初入選、師匠は人間国宝認定を見届けて、他界した。

 その作品は、むしろモダンだ。鈍いグレーの朧銀に金や銀で描かれるのは、ブルガリアの草原や北欧のカラマツと湖――旅で目にした自然である。「自然をそのまま表現しても、自然にかなわない」。そこにデザイナーの経験が生きる。「伝統は進化、伝承とは違う」。

(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)

中川衛(Mamoru Nakagawa)●人間国宝(彫金)。1947年生まれ。1971年金沢美術工芸大学産業美術学科卒業、松下電工入社。1974年高橋介州に師事。1979年日本伝統工芸展初入選。1982年日本工芸会正会員。1985年金沢美術大学講師、1996年教授。2004年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。

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