「トヨタのEVシフト」は
本物なのか?

 さて、ここまでの文脈で世界の潮流をとらえたうえで改めてトヨタの新戦略を見てみると、国内メディアが「意欲的な計画だ」と報じた戦略が、実はゴールから眺めるとそれほどでもないことがわかります。

 2030年にEV車350万台という目標ですが、トヨタは(コロナ禍で2020年に大台を割る前は)基本的に世界販売台数が1000万台を超える企業です。その前提で計画を言い換えれば、2030年の世界販売目標としてEV車比率を35%まで上げると言っているのと同じです。

“これから8年間で8兆円の電動化投資をする”という今回の発表ですが、トヨタ全体の年間投資額は設備投資と研究開発投資を合わせれば約2.4兆円です。ここでは単純に8兆円÷8年間という計算をして、年間1兆円を電動化投資すると考えましょう。

 つまり、年間投資額2.4兆円のうち1兆円を電動化投資するということになります。これも言い換えれば、トヨタの投資額の約4割を電動化に向けるといっています。ただ、プラグインハイブリッドも電動化投資の対象に含まれます。

 そして、EVに関しては8年間で4兆円です。これも割り算して年間0.5兆円とするならば、全投資額(2.4兆円)から見てEV投資は約2割、つまりはその程度です。

 一方で、この時点での世界市場はもっとEVシフトが進んでいきます。ヨーロッパでは2035年にガソリン車禁止を掲げていますが、その禁止車種にはプラグインハイブリッドも含まれます。つまり、2030年には市場の過半はEV車で占められているはずです。

 アメリカは、プラグインハイブリッドはEVに含める前提ですが、それでも2030年にEV化率50%以上の目標を掲げています。そしてそのアメリカですら、ハイブリッド車は電気自動車には含めないとしています。

 主な先進国では、日本だけが2030年代のゴールの定義としてEV車、プラグインハイブリッド車、ハイブリッド車を含めたゴールを主張していますが、世界の中では少数派です。もちろん先進国でガソリン車が売れなくなったとしても、電力ステーションインフラが整わない途上国で、日本車は必要とされ売れることでしょう。

 しかし、そのような国益の追求に対して世界の厳しい論調が待っていることは間違いないはずです。日本が主張する「途上国では2030年代でもガソリン車が必要とされる」という論理は、欧州の「2030年代を通じて途上国でも脱炭素を進めなければどうやって2050年の世界をカーボンニュートラルにできるのだ?」という主張と真っ向に対立します。

 今から10年後、温暖化がさらに進んだ未来において「日本車だけが途上国でガソリンを使い続けている」という非難が高まれば、それは現在の「日本だけが先進国で石炭火力に力を入れている」という批判の比ではない国際圧力となるはずです。これにどこまで抗しきれるか?

 私は経産省もトヨタも、グローバルなSDGsの全体像を俯瞰(ふかん)すれば世界の流れに対しての認識はまだ甘いと考えています。

 国としてはバラマキ予算を減らした財源でエネルギーステーションへの投資予算を4000億円規模で確保すべきでしょうし、トヨタがグローバルシェアを維持したいのであれば2030年のEV車目標は最低でも50%を超えるべきです。

 もちろん豊田章男社長が大きな方向転換を表明したことは大いに評価すべきです。しかしその次のトヨタの社長は間違いなく2030年目標の上方修正を強いられることになる。持続的な未来をめぐる戦いは2030年代の国益を巡ってすでに熾烈(しれつ)を極めているのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)