当時、森永の板チョコは1枚50円の時代でしたが、高級路線として外国製のたばことよく似たデザインの箱に3つ山のチョコが4つ入った70円の「ハイクラウンチョコ」が人気だったのです。ただ、ハイクラウンは子どもから見ればぜいたく品で、たまに気が向いた両親が買ってくれないと手が届かない商品でした。それとよく似たチョコが10円で買えるというところが、チロルチョコの魅力だったのです。

「今でも10円! チロルチョコレート」というのが当時のチロルチョコのCMソングでしたが、その楽しい子ども時代が終焉(しゅうえん)したのが1973年に起きた中東戦争でした。チロルチョコは突如、倍の20円に値上げされたのです。

 原油価格の上昇が引き金となったオイルショックで、ありとあらゆる物の価格が急上昇したのをよく覚えています。狂乱物価の一方で物価が上がっても、父親の給料が増えるわけではない。家計をめぐる家の中の会話も暗くなり、子ども心に、「悪い時代がやってきたのだな」と思ったものでした。

 当時チロルチョコを発売していた松尾製菓によれば、20円に値上げしたことでチロルチョコの売り上げは減少し、一時期販売不振に陥ったそうです。子どもにとっての倍の値上げは確かに痛い。

 ところが面白いもので、その後も第2次オイルショックなど物価上昇が続くのですが、3つ山のチョコを3分割して1つ10円にしたところ、チロルチョコの販売が復調して、現在に至るそうです。つまり、20円ではなく10円ならば子どもが払えたというわけです。

うまい棒の価格維持は
企業努力のたまもの

 実は、私の子ども時代の記憶にはうまい棒は登場しません。それは当然のことで、うまい棒が発売されたのが1979年、イラン革命からの第2次オイルショックが起きる真っただ中で、私はそのときには高校生になっていました。

 うまい棒は、そんな時代でも「子どもが10円で買える菓子を売りたい」という考え方から世に出された商品だったといいます。それから42年間、10円の価格を維持してきたのはすごいことです。なにしろその間、消費税が8%(食料品の軽減税率)に値上げされたにもかかわらずの税込み10円でしたから、実際のメーカー出荷価格は42年前よりも下がっているわけです。

 とはいえ一方で、低価格で販売を続ける工夫として、原材料を調整することも手掛けてきたといいます。うまい棒は輸送中に折れないように中央に穴が開いているのですが、原材料費が上昇すれば、その穴を大きくすることで原価調整することができます。

 実際、公開されている商品の重量は、以前より少し軽くなっているそうです。そういった企業努力も込みでの10円が、ずっと続けられてきたわけです。