『採用基準』を刊行したマッキンゼーの元採用マネジャー・伊賀泰代氏と、元400メートルハードル銅メダリストの為末大氏の連載最終回である3回目は、共通点の多いビジネスとスポーツの世界において、どうすれば結果を出せるのか、勝てるのかについて議論する。
1993~2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにて、コンサルタントおよび、人材育成、採用マネージャーを務める。現在は、キャリアインタビューサイト MY CHOICEを運営、リーダーシップ教育やキャリア形成に関する啓蒙活動に従事する、キャリア形成コンサルタント。
この1時間で
自分はバリューを出せたのか
為末 伊賀さんの『採用基準』を読ませていただき、共感できる部分がたくさんありました。印象的だったのは「バリューを出したか」という言葉です。
伊賀 おかしな言葉だとは思うのですが、マッキンゼーにいると一日に何回も聞くんです(笑)。
こういう対談の後でも、「この時間の中で、為末さんにとっても何か学びがあったと思ってもらえただろうか、私はこの対談でバリューが出せたのかしら」と自問自答することになります。
何をやっている時でもある種のマーケットの中で生きているので、価値がないと呼ばれなくなるんですよ。それに1時間ごとに自分の出したバリューは何だったっけと考えると、ぼーっとする時間が少なくなって、仕事の密度が高くなるんですよね。
為末 最初からバリューは出せるものですか?
伊賀 いいえ、今から思えば入社したての頃は、仕事ではなく「勉強」をしていました。朝から必死で資料や情報をインプットして8時間経つと、「あー、今日も頑張った!」と思えるんです。長い時間、頑張った自分に満足してしまう。
でもそこで「今日お前が出したバリューって何?」と訊かれます。すると自分にとっては勉強になったけれど、世の中にもクライアントにも価値を出せてないことに気づく。「あーこれはやばい」と焦って、翌日から仕事の仕方が変わります。その繰り返しですね。
為末 試合的ですね!僕らは社会的なバリューではなく、自分の競技力を磨くことに関してですが、同じように問われます。
20代前半までは足りない部分は、練習量を増やして補えるんですが、だんだんと歳を重ねるごとに、体の回復が間に合わなくなってくるんです。そうすると、「速くなるのに最も効果的な作業」以外は削らなければならなくなります。前回お話しした「有限感」の意識に似てるなって思います。
引き算のセンスと、無駄を無駄と気づくこと。
アスリートの世界は、状況としてそれに気がつきやすいケースが多いと思うんですけど、ビジネスの世界って、やっぱりそれが見えにくいというところがあると思うんです。だから2回目の人生に上手くジャンプできないというか。抜け出せないというか。
伊賀 たしかにビジネスの場合、競技のように勝ち負けが直ぐに出るわけでもないので、何が最も効率の良い時間の使い方なのか、わかりにくいところがあると思います。だからこそコンサルティング会社って、バリューなんていう変な言葉を繰り返すんでしょう。1時間の会議、2時間のインタビュー、3時間の分析作業、それらの時間単位ごとに、「どういうバリューが出たの?」ってイチイチ確認されると、時間の使い方に凄く意識的になりますから。
為末 なるほど、高いタイムコスト意識があるんですね。