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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

クラシック・プロデューサー岡野博行さんが
本田美奈子さんの声に驚嘆した曲(2002年8月)

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第19回】 2013年1月25日
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日本コロムビアのクラシック部門プロデューサー岡野博行さん(1962-)が、初めてライブで本田美奈子さんの演奏を聴いたのは2002年8月31日のことだった。会場は東京オペラシティ・コンサートホールである。岡野さんは当時、「クラシック以外の歌手が歌うクラシックのアルバム」という企画を考えていた。このコンセプトに合う歌手を探していたのである。

コンサート終演後の楽屋で出会う

日本コロムビア・プロデュサー岡野博行さん

 この日のコンサートは、手塚幸紀さんが指揮する東京フィルハーモニー交響楽団による「グラツィエコンサート」と題されたもので、2002年は3回目の演奏会だった。毎年1回、東京オペラシティが主催する企画演奏会だったと思われる。

 本番の何日か前、高杉敬二さん(BMI)が五月女京子(さおとめきょうこ)さんへ「聴きに来ない?」と声をかけたのだそうだ。五月女さんは1999年11月の東京シティフィルのポップスコンサート、2000年3月のチャリティコンサート(オケは東フィル)で本田美奈子さんをゲストに招いた企画を立案したプロデューサーである連載第15回参照)

左から五月女京子さん、本田美奈子さん、岡野博行さん。アルバム「AVE MARIA」の打ち合わせ(2002年末、写真=五月女京子さんによる)

 「高杉さんから電話をもらって、すぐに『ぜひ聴いて』と日本コロムビアの岡野博行さんを誘いました」(五月女京子さん)

 岡野さんはプログラムの中で、ある曲の歌唱を聴いて一驚した。そして、「本田美奈子さんならばクラシックのアルバムをつくれる!」と強く確信したのだそうだ。

 その曲とは何だろう。

 11年前の東京オペラシティに行って、追体験してみることにしよう。

         2002年8月31日 グラツィエコンサート
        会場・東京オペラシティ・コンサートホール
             出演・本田美奈子
             ゲスト・石井一孝
             司会・前場美保子
             指揮・手塚幸紀
         管弦楽・東京フィルハーモニー交響楽団

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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