ESG投資とは大きな社会情勢の変化を予見するスタイル

 しかもユニバーサルオーナーの代表格である年金基金は、長期的な資産運用という使命を持っている。老後の年金は、働き盛りのときから掛金を徴収し、数十年運用して老後に年金を支払うという仕組みだ※注釈60 。年金基金の資産運用は非常に長期的な視点で行われており、「超長期投資家」の異名をも持つ。

 社会情勢が安定しているタイミングでは、アセットオーナーも他の投資家もそれほど投資行動に差は出ない。社会情勢が安定していれば、過去の延長として未来を描けるので、過去の業績や経済指標をみていれば、未来の動向を占うことができるからだ。まさに過去の成功体験や過去のデータから、未来の投資の意思決定をすることが可能となる。

 しかし社会情勢が著しく変化していくタイミングでは、事業会社の市場構造が大きく変わることが予見される。するとアセットオーナーの投資行動は大きく変容していく。数十年から100年という単位で先を見据える上で、過去の成功体験や過去のデータが無意味になっていくからだ。

 今まで順調だった企業でも、今後はそうでなくなるリスクがある。反対に、今まで全く不調だった企業が好調になるかもしれない。アセットオーナーは、長期的なリターンを最適化するという目的のために、未来の変化を予測し、投資対象の市場全体を、変化の追い風を受けるほうへと誘導していく必要が出てくる。

 ESG投資とは、このように大きな社会情勢の変化を予見するスタイルをとる。そして本書の主題である環境問題も、社会情勢を大きく変える要因として認識されている。プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)はまさにその典型で、このままいけば人間社会は持続可能な未来を迎えられなくなる。一方、自然環境を持続可能にするためには、活用できる技術もビジネスモデルも大きな転換を迎える。このように考える機関投資家が増えたからこそ、PRIの署名機関数が右肩上がりに伸びてきたのだ。

 その中で、プラネタリー・バウンダリーは機関投資家にとって近年の大きな発見となった。2009年にプラネタリー・バウンダリーが世に発表された際には、ほとんど話題に上らなかった。しかし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)やIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム)が次々と報告書を書いてきたことで、機関投資家にも認知されるようになった。そして一度問題が認識されれば、機関投資家の思惑は、金融界全体へと波及することとなった。こうして、機関投資家が絶対的デカップリングの信奉者へと変貌したのだ。

 機関投資家が動けば、当然、彼らに株式を保有されている上場企業も動くことになる。そして特に機関投資家の影響を受けやすいのは、グローバル企業と呼ばれる大手の上場企業だ。大手の上場企業は、事業規模が大きいので、当然環境への影響も大きくなる。そのため、早くから機関投資家にとってエンゲージメント(対話)の対象となるからだ(もちろん株主に言われなくても自発的に行動を始めたグローバル企業もあることは付け加えておく)。