先進国の中で日本だけは状況が違った要因

 私たちは、様々なメディアや文献から、グローバル企業は短期的な利益追求思考だと教わってきた。では、いつ頃からグローバル企業も、このように長期的な思考をするようになったのだろうか。転換点になったのはリーマン・ショックだった。リーマン・ショックでは、倒産するはずもないと思われていた大手投資銀行のリーマンブラザーズが呆気なく倒産した。すなわちグローバル企業の経営者にとって、自分の会社もいつか倒産するのではないかと緊張感が高まった。

 そこで、リーマン・ショックの前段階となったパリバ・ショックの頃から、グローバル企業では社内に「サステナビリティ部門」が設立され始める※注釈63 。そして2007年から経営陣に最高サステナビリティ責任者(CSO)を置く企業が増え始め、2010年から2011年に配置数が大きなピークを迎えた※注釈64 。

 さらに追い打ちをかけたのが、リーマン・ショック後の社会現象となった「ウォール街を占拠せよ」運動だった。リーマン・ショックは大手投資銀行の短期的利益追求主義が世界規模の金融危機を引き起こし、結果的に社会的弱者が犠牲になったことで、大手金融機関とグローバル企業は社会的信用を一気に失った。新設されたサステナビリティ部門と最高サステナビリティ責任者のミッションには、いかに長期的に思考し、社会からの信頼回復を進めていくかも含まれていた。

 ただし、先進国の中で日本だけは状況が違った。日本で企業・金融機関におけるサステナビリティの理解が始まったのは、GPIFがESG投資を開始する2017年以降で、欧米から約10年遅れた※注釈65 。

 しかも初期の理解は、持続可能な開発目標(SDGs)に企業がいくばくか社会貢献しようという程度のものだったので、プラネタリー・バウンダリーの話など理解されていなかった。ようやく2020年に当時の菅義偉首相が「2050年カーボンニュートラル宣言」をしてから、気候変動のリスクに関しては認識されるようになったが、気候変動以外の8つの環境問題については、企業や金融機関の間で未だに理解されているとは言いがたい。

 日本が常に状況理解に遅れをとる最大の要因は、言語だろう。日本国内ではほぼ日本語情報だけが飛び交っており、基本的に国内の情報を国内の消費者が消化して終わる。国外で語られている情報がタイムリーに入ってくることは少ない。

 それは日本の大企業の社内でも同じことで、海外に大規模に展開している企業であったとしても、経営の重要な意思決定を行う日本人の経営陣や管理職の間では、やはり日本語メディアで語られている情報のみを毎日浴びている。このように時差はあるが、それでも日本にも徐々に変化の波が到来している。

※本文内注釈一覧
60 もちろん現在の多くの年金基金は、実際に年金掛金を積み立てて老後に支給される「積立方式」ではなく、現役世代から受け取った掛金を引退世代の年金として支給する「賦課方式」を採用しているが、ここでは便宜上このように表現した。
61 Business for Nature“More than 1,100 companies with revenues of more than US$ 5 trillion are calling on governments to adopt policies now to reverse nature loss in this decade ” https://www.businessfornature.org/call-to-action(アクセス日2022年8月7日)
62 World Economic Forum (2020)“The future of nature and business” 
63 夫馬賢治前掲書
64 Weinreb Group (2021)“The Chief Sustainability Officer 10 Years Later”
65 夫馬賢治前掲書