10月23日、現役最後の公式戦となったロアッソ熊本戦で観客席に向かって手をたたく中村俊輔10月23日、現役最後の公式戦となったロアッソ熊本戦で観客席に向かって手をたたく中村俊輔 Photo:JIJI

数え切れないほどの記憶と記録を残して、左足の名手、中村俊輔がスパイクを脱いだ。26年間に及んだ現役生活でいくつもの目標を設定し、一つずつ成就させてキャリアを紡いできた44歳の元日本代表MFは「ビッグクラブとワールドカップで活躍するのはかなえられなかった」と振り返る。それでも常に前を向かせ続けた、結果よりも過程を大事にしてきたポジティブ思考は、指導者が中心にすえられたセカンドキャリアでも俊輔のなかで力強く脈打っていく。(ノンフィクションライター 藤江直人)

限界を通り越していた
俊輔の足首

 わずか1分足らずの間に、俊輔は「痛い」という言葉を5回も口にした。現役最後の公式戦となった10月23日のロアッソ熊本とのJ2最終節を、勝利で終えた直後の取材エリア。所属する横浜FCが4対3と逆転した場面の立ち居振る舞いを聞かれた直後だった。

 試合終了間際に劇的なゴールを決めたFWマルセロ・ヒアンが喜びを爆発させている、敵地のえがお健康スタジアムのゴール裏へ、横浜FCの選手たちがいっせいに集まっていく。すでにベンチへ退いていた俊輔も勢いよく飛び出したがすぐ立ち止まり、ベンチへ戻ってきてしまった。

「足が痛い。あそこまで行けなかった」

 今シーズン限りでの引退を決めた理由が、ストッキングもスパイクも脱ぎ、裸足の状態になっていた右足へ向けて「痛い」を連発したコメントに凝縮されていた。

「アイシングしてたからね。バケツに突っ込んでいた右足を出して行ったけど、痛くて無理だった。痛い。軟骨がないからね。痛い。ちょっと自主練習をやりすぎたかな、というのはある。軸足から(限界に)来たかと。思い切り捻ってきたからね。距骨が当たるからそれを削る。軟骨も飛び散って、あっちこっちに行っちゃっていたからそれも除去する。でも、距骨を削ったから当たらないといっても、軟骨がないから(他の)骨が当たる。痛いよ」

 所属クラブと日本代表で左足は何度も輝きを放ってきた。同時にその代償として、軸足として体を支えてきた右足、特に大きな負荷や可動域を強いられた足首は限界を通り越していた。