藤井竜王の今年度の勝率は、さらにすごみを増している。六つのタイトル(竜王・王位・叡王・棋王・王将・棋聖)を戴冠、史上初の同一年度内での一般棋戦グランドスラムという偉業も達成したうえに、今年は8大タイトルの完全制覇に挑む権利を保持している。

「銀河戦、将棋日本シリーズ、朝日杯、NHK杯の4つの大会を制覇する一般棋戦グランドスラムは、1戦も落とせないトーナメント戦でトップ棋士相手に17連勝したということです。しかも最後のNHK杯決勝の相手は、30連勝を止めた佐々木勇気八段。フィクションなら“やり過ぎ”と言われてもおかしくないほど、ドラマチックな展開でした」

藤井竜王がもたらした
将棋の変化とは

 藤井竜王の強さの秘密はどこにあるのだろうか。白鳥氏は、藤井竜王が棋風をガラリと変えたタイミングに衝撃を受けたのだという。

「史上最年少棋士になれるかどうか、非常に重圧のかかる三段リーグ戦の期間中にメインの戦法を切り替えたんです。AIの将棋ソフトに初めて触れて、コンピューターが強いと判断している戦術を取り入れたと思うのですが、プロ入りがかかっているリーグ戦の途中でそれまで指さなかった戦法を指すという決断を下したのは、並大抵の精神力ではないでしょう」

 AIで高評価の出る指し方はコンピューターの高速演算がベースにあるため、人間には指しにくく勝ち続けることはできないと考えられていた。その状況下で、AIの指し方を採用した胆力は相当なものだという。

 また、藤井竜王が将棋の研究にAIを使って勝ち始めてから、将棋界で採用される“戦法”が変わり始めたそうだ。

「私が『りゅうおうのおしごと!』の構想を始めた時は、“穴熊囲い”という玉を守る堅固な囲いをいかに組むかという指し方が多かったんです。ところが藤井先生は、玉が薄いまま戦う。『そのほうが将棋ソフトの評価値は高いけど、人間はミスをするからそんな戦い方は無理だよね』という考え方が一般的だったのに、ノーミスで勝ちきってしまう。これは幼少時から詰将棋で培った読みの力の賜物だと思います」

『りゅうおうのおしごと!』1巻表紙『りゅうおうのおしごと!』1巻表紙。小学校3年生の「あい」が、詰将棋で培った驚異的な終盤力で大人たちをなぎ倒していく(相掛かりを用いて対局するシーンも登場する)。

 白鳥氏は、現実の対局をベースに話を組み立てることもあるそうだが、ある時期から藤井竜王の将棋が頻繁に作中に登場している。

「藤井先生の将棋は、内容が非常に高度な上に“常識外れの一手”が出てくるので、棋譜を眺めているだけでインスピレーションが湧いてくるんです。“流れ弾”に当たって王様を詰まされてしまうのでは、とスリリングな展開が続くことも多く、見ていてワクワクしますね」

 藤井竜王が活躍することで、他の棋士たちも玉の守りが薄いまま戦うようになった。藤井聡太は記録を塗り替えただけではなく、将棋そのものも変革させたのだ。