オアフ島在住の日系人を対象に加齢と疾病との関連を追跡した調査研究がある。第二次世界大戦中に軍人登録した日系人の調査から派生し、1991年に始まる「Honolulu Asia Aging Study(HAAS)」がそれ。これまで、3700人以上の日系男性を対象に追跡調査が行われてきた。死亡例は同意を得た上で、「剖検」を実施している。

 HAASの対象者は遺伝的に日本人と大差がない。したがって、食生活や生活習慣など環境因子の影響が如実に示される。つまり、欧米化した生活習慣にどっぷりつかっている中年諸氏の近未来図といえるわけだ。例えば、オアフ島在住日系人の心筋梗塞発症率は、白人の2分の1、日本人の2倍──80年代当時の報告なので、比率は多少変動しているだろうが──という結果がある。このほか、中年期に高血圧があり、脈圧(上の血圧と下の血圧の差)が51.5mmHg以上で認知症の発症リスクが上昇するなど、興味深い結果も報告されている。

 この1月に米国神経学会の公式サイトで公開されたトピックスでは降圧薬と認知症との関係が紹介された。調査では、774人の剖検例から降圧薬を飲んでいた350例を抽出。降圧治療がアルツハイマー型認知症(AD)発症を抑制することが示唆された。薬別に検討すると「βブロッカー」のみを服用していた故人は、他剤服用者より、ADの存在を示す脳の病変や小さな脳梗塞巣が有意に少なかった。また、βブロッカー単剤および他の降圧薬との併用では、脳の萎縮が有意に抑制されていた。研究者は「一般的な降圧薬でAD予防が示されるとは驚くべき結果」としている。

 βブロッカーは古い薬で、二番手に処方されることが多い。最初に処方される「ARB」にも認知症の予防効果を示唆する研究がいくつかあるが、今回は剖検による検討という事実でβブロッカーに軍配が上がった。とはいえ、どの降圧薬が認知症を予防するかはまだ証明途上。ただ、「降圧治療がADを含む認知症を予防する」とはいえそうだ。心筋梗塞の予防とで一石二鳥である。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)

週刊ダイヤモンド