「言葉だけではよくわからない」は、ものを考える際に大きなハンディになる

 読書によって手に入るのは、言葉だけではない。たとえば、物語を読む際には、言葉の連鎖である文章から具体的な場面を思い浮かべているはずだ。大海原を航海している場面、山奥を探検し洞窟の奥の方に入っていく場面、宇宙旅行をしながら地球を眺めている場面、動物に囲まれて仲良く遊んでいる場面など、読解力と想像力を駆使して、言葉の連鎖から具体的場面を立ち上げることができなければ、物語を楽しむことなどできない。逆に言えば、本を読んで楽しんでいるとき、読解力や想像力が思う存分に駆使されているわけである。

 小中高校時代に、便利な視聴覚映像で授業を受けてきたせいか、文章や口頭で手順を説明されてもきちんと理解できず、「すみません、言葉だけだとよくわからないので、わかりやすく図解してもらえますか」などと言う大学生もいるが、言葉の意味を理解し、その連鎖から具体的場面を思い浮かべる読解力や想像力が鍛えられていないのだろう。

 それは、ものを考える際に大きなハンディになる。実際、読書をしない人が増えているせいか、口頭の解説や文章から実際に起きている事件の構図を具体的に思い浮かべられない人が多いために、テレビのニュース解説などで図解がよく使われるようになっている。こうすると健康にいいなどと科学的知識を噛み砕いて解説する番組でも、こんなことまで図解したり模型を使ったりしないといけないのか、そこまでやらなくてもよいのでは、と思わざるを得ないほど、懇切丁寧な図解やモデルが使われたりしている。

 しかし、実際の社会生活の場面で、たとえば取引先の担当者が提案書をもとに口頭で説明する内容がよくわからず、「すみませんが、おっしゃっていることがよくわからないので、提案書の内容をわかりやすく図解していただけますか」などと要求したら、いかにも使えない人物のように思われてしまうのではないか。勉強ができるようになるためにというだけでなく、社会生活を無事に送っていくためにも、読解力を高めておくことは大切だ。