『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』著者の山口揚平さんがお金をテーマにさまざまな人たちと語り合う対談シリーズの第2回。今回のゲストは、この4月で東京大学法学部4年生になられた大石彩佳さんです。大石さんは2011年のミス東大コンテストで準ミスに選ばれる一方、東北被災地に継続的にボランティアを派遣する団体「東大‐東北復興エイド(UT‐Aid、3月で活動終了)」の渉外・広報担当として奔走される、まさに才色兼備の現役学生さんです。この対談は、山口さんがUT‐Aidのアドバイザーを務めた縁から実現しました。第1回の出口治明さん同様、大石さんも『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』という題名に関心を持たれたようです。
代替可能なお金より、代替不可能な時間に価値を感じる
大石彩佳(以下、大石) 最初にお聞きしようと思っていたのは、この本の題名についてです。『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』という問いに対する答えは、この本を読めばわかるのでしょうか。
山口揚平(以下、山口) はい、最初の20ページほどで説明しています。
ピカソがおよそ7800億円の資産を残すほど金持ちだった一方、ゴッホは生前にほとんど絵が売れずに貧乏でした。このことは、多くのみなさんがご存知でしょう。この事実は、両者の優劣の決め手でもなんでもないのですが、ピカソのほうが「お金とは何か」を熟知していた、とは言えると思うのです。たとえば何か物を買うときに、ピカソはできるだけ小切手を使いました。すでに有名だったピカソのサイン入り小切手を受け取った商店主は、銀行に持ち込んで現金化するより額に入れて飾っておくほうが、価値が出ると考えるわけです。
大石 小切手を換金しないということですね。
山口 そうなんです。小切手が銀行に持ち込まれなければピカソの口座からお金が引き落とされることはないので、ピカソは実質的にただで買い物ができたのです。この本では、そういった様々なエピソードを紹介しながら、お金の本質がどういうものなのかという話が続いていきます。
大石 この本の冒頭に「お金の定義は人それぞれ」と書いてあります。今のお話から考えると、換金して得るお金よりも、ピカソのサイン入り小切手のほうが商店主にとっては価値が高いから、換金しないで飾っておく。つまり、お金と物に見出す価値が、人によってそれぞれ違うということですね。
山口 大石さんはお金をどのように捉えていますか。
大石 私は、いまは、お金は大事だけど、それ以上に時間が重要だと思っているんです。たとえば今の私にとっては、手元にある百万円をすべて使ってしまったとしても、その百万円はどうにか稼いで再び手に入れることができる「代替可能」なものです。でも、“今”という時間は決して戻ってこないので「代替不可能」なものです。そういう意味で、いまの私はお金に時間以上の価値があるとは思っていなくて、いつでもグルグル巡っているものだと考えていますね。
さらに言えば、時間よりも精神的なものが重要だと思っています。たとえば、大学受験で第1志望の大学の合否が発表される前に、第2志望の大学の入学金振込をしなければならない場合、仮に第1志望に合格する自信があったとしても、精神的な安心を得るために無駄になるかもしれない入学金を支払うことがありますよね。そう考えると、精神的なものはお金に換えることができないのではないでしょうか。もちろん、人の価値観をはかる手段として、お金はわかりやすいのかもしれませんが……。