無理して競争社会に入らなくても生きられる

自分が自分を<br />しんどくさせている<br />【小倉広×木暮太一×ジョン・キム】(前編)木暮太一(こぐれ・たいち)
経済入門作家、経済ジャーナリスト、出版社経営者。NHK「ニッポンのジレンマ」、TBS「よるべん」ほか。『今までで一番やさしい経済の教科書』(ダイヤモンド社)『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)、『学校で教えてくれない「分かりやすい説明」のルール』など。著書32冊、累計80万部。

木暮 今の若者って、どうですか。草食系って確かによく言われますが。

キム 恋愛における草食系はあるかもしれないですね。ただ人生において草食系というのはある意味ではガツガツしないということでもあると思いますし、より落ち着いて自分の実力や自分の働き方を眺めているというふうにも思えます。

 従来は、画一的にこの大学を出てあの会社に就職をすれば、終身雇用と年功序列である程度、組織に自分を順応させることで組織全体のパイが大きくなり、みんな平均収入が高まっていくというポジティブなスパイラルの中で生活ができあがっていった社会だったと思うんです。

 でも、今は何の保障もないわけですよね。不安の時代でもあり、出世のモデルもなくなって、自分自身がどういった働き方をするのかも、自分が責任を持って選択しなければいけない。ある意味、可能性も無限にあるんですが、責任も無限になってきているので、戸惑っている若者も多いんじゃないかと思うんです。

木暮 僕自身は、大学生の就職希望先に公務員が増えてきたことに対して、率直に驚いています。公務員が悪いということではないんですよ。でも、非常に安定志向を求めている人が多いんだな、と。

自分が自分を<br />しんどくさせている<br />【小倉広×木暮太一×ジョン・キム】(前編)小倉広(おぐら・ひろし)
理念浸透とリーダーシップ開発を専門とする経営コンサルタント。株式会社リクルート組織人事コンサルティング室課長、ソースネクスト株式会社(現・東証一部上場)常務取締役などを経て現職。大企業の中間管理職、公開前後のベンチャー企業役員、中小企業の創業オーナー社長と、あらゆる立場で組織を牽引。しかし、リーダーシップ不足からチームを束ねることに失敗し二度のうつ病に。一連の経験を通じて「リーダーシップとは生き様そのものである」との考えに至る。著書『任せる技術』(日本経済新聞出版社)「自分でやった方が早い病」(星海社新書)「僕はこうして苦しい働き方から抜け出した」(WAVE出版)「33歳からのルール」(明日香出版)など25冊。また、7冊の著作が韓国、台湾、香港などで翻訳販売されている。

小倉 自分が社会でどんな役に立てるのか。それを強く求める人が多いと思うんですね。私はよく、仕事で泣いたことあるか、と聞くんです。私は年に何回か、感動して涙を流すような場面に出くわします。幸いにそういう仕事をさせてもらっている。
 そういう職場に行きたいという学生さんは多いと思います。お客さまから喜ばれて涙が出る。大の男が仕事で泣く。そういう劇的な場面、人生が変わるような場所に一緒にいたい。そういうものを求める学生さんが多い気がします。

キム もしかしたら背後にある心理は二つ同時に共存しているような気がします。一つは純粋に資本主義を越えたい、金銭的なモチベーションを越えたい、ということ。自分の中に内在するいろんな愛情とか、他者に対する思いやりを具現化できる日常を職場の中で得たいと。そんな前向きの意味で求めている方もいらっしゃると思います。

 もう一つは日本全体に言えることだと思うんですが、自分自身に対する信頼を求めている気がするんです。つまり自分自身の実力ですね。この資本主義の中で自分をそこに入れて、競争を勝ち抜くことに対する自分の可能性。それに対する信頼が薄い。だから、やはり競争から逃げたい。その分、金銭的な何かを犠牲にする。一方でワークライフバランス的に、より最適なところを選びたいという、ある意味で、それこそ草食系というか、消極的な意味でそういう道を選ぶ方もいらっしゃるんじゃないかと思うんです。

木暮 自分の能力に対して自信がなくなってきたというのは最近の話でしょうか。

キム みなさんも私もみんな経験していることだと思うんですが、20歳前後で社会に出ていくとき、自分自身が社会に通用するか、絶対的な信頼を持っている方はごく一握りだと思います。未熟の結晶がある意味では青春でもあるので。だからこそ無限の可能性があるともいえるんですが、ほとんどの若者は基本的に社会に飛び込むことに大きな不安を覚えます。

 一方で、社会的な環境はどうなっているかというと、昔であれば、不安があったとしても、社会に出て仕事をして、競争を勝ち抜かないとやっていけないという状況だった。

 ところが、今は不況と言われても日本はもっとも豊かな国の一つなんですね。どこかでバイトをすればなんとか食べてはいける社会だし、無理して競争をしなくてもやっていける社会的な環境、経済的な環境が整備されてきた。無理して競争社会に入らなくても生活できる、生きていける道が用意されている。

木暮 20歳の学生がアルバイトをして一人で生きていくのはそんなに難しいことではないと思うんですね。40歳の大人がアルバイトをして生きていくのも一人では生きていくのは問題ないと思うんです。

 でも、もし家庭ができたらどうか。周りの同級生が会社で出世していく中で自分はアルバイトで生活している精神的な負担はどうか。比較して劣等感を感じて非常に生きづらくなるような気がするんです。そこをどう処理し、解決していくかが今後の大きなポイントになると感じています。