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震災復興「最前線」の知られざる現実
警戒区域が解除された富岡町のいま【前編】
――対談 富岡町長・遠藤勝也×社会学者・開沼博

開沼 博 [社会学者]
2013年7月2日
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震災以来、福島第一原発から半径20キロ圏内は「警戒区域」とされ、原則立ち入りが禁止されていた。しかし、今年に入って、相次いでその再編が進み、現在は昼間の家の片付け等の立ち入りが認められるようになっている。町全体が警戒区域にすっぽり入り、復旧・復興を進めようにも、2年間にわたってそれが叶わなかった富岡町は、警戒区域解除後、立ち入り可能になった地域も多い。ガレキの片付けなどはもちろん、補償の促進、避難へのケア、放射線対策、産業・生活インフラの回復などを早急かつ具体的に進めるべき状況にある富岡町は、現時点での「復興の最前線」にあると見ることもできよう。警戒区域が解除されたいま、富岡町で4期町長を務め、今も震災に立ち向かい続けている遠藤勝也氏は何を考えているのか。6月23日に実施された町政報告会で町長の真意に迫った。(開沼博)

 第二原発もいよいよ危ない、緊迫する震災翌朝

開沼 約2年の時間が経ったなか、どういう風に考えてきたのかを教えてください。何度も聞かれていることかもしれませんが、重要だと思うのであえて聞かせていただきます。まず、2011年3月11日当日、あの地震が発生した時、町長は何をされていたのでしょうか。

遠藤 あの日は、公立の富岡第一中学校、第二中学校の卒業式の日でした。議会が前日に開会しましたが、その日は休会で、卒業式に出席して、お昼以降は役場の町長室で執務です。午後2時46分、今までに考えられないような激震があり、その時に「これは大変な事態が発生するな」と瞬時に想像し、職員に災害対策本部を設置するように指示しています。本来であれば、役場の政庁に本部を設置するはずですが、「学びの森(富岡町文化交流センター)」に本部を設置するよう指示しました。

 学びの森に移動してから正式に職員に指示したのは、「まずこれは大変な事態が発生する、大津波警報も入ってきたので、職員にはいち早く、町独自で作成した津波対策のマニュアルに従い、(海岸沿いの)毛萱・仏浜・小浜等々の区長様に協力して消防団その他職員も含めて、ハザードマップの中にプロットしてあった一人暮らしや寝たきりの方など弱者の方々を一番先に救出しなさい」ということです。おかげさまで大部分の方は救出できましたが、避難指示に従わなかったり、戻られたりした25~6名の方が津波の犠牲になりました。

開沼 ご家族とは連絡を取れていましたか?

えんどう・かつや
1939年生まれ、福島県富岡町出身。東京農業大学農学部卒。1962年福島県職員。1988年富岡町議会議員初当選。1997年より富岡町長。以降、連続4期町長を務め現在に至る。 Photo by Kossy

遠藤 暗くなって、津波の被害状況がつぶさに入ってきました。「町長の家が流されたよ」という情報も入ってきましたが、家族の心配をする余裕などありません。その後、家族が学びの森に来てくれて、家族は助かったんだなと確認した状況です。

開沼 通信手段は?

遠藤 固定電話も携帯電話もダメ、自家発電によるテレビからの情報のみで、国・県・東京電力からの情報はほとんどありませんでした。真夜中になって、原発の状況が極めて危険だ、原子力災害対策特別措置法(原災法)第10条が発令し、その後15条も発令、第一原発3キロ以内に避難指示が出たという情報が入りました。

 第15条というのは原発が危険な状況になった場合に発令されるんですね。その15条が発令された。さらに、翌日の朝6時前だったと思いますが、第二原発も15条を発令したとの情報が入りました。いよいよ第二原発も危ない。

 では、どちらに避難しようかと職員から情報を受けながら考えたとき、大熊・双葉・浪江もそれぞれ川俣・田村・(浪江町)津島、楢葉・広野はいわきの方に避難した。ところが、6号線は第二原発の入口で寸断されてしまって車は通行できず、川内村に避難するよう防災無線で指示しました。

開沼 川内村は富岡町に隣接する内陸側の村。つまり、海から内陸に向かって移動されたということですね。ただ、そこでずっととどまっているわけではなかったと思います。その後には、川内村からも人が避難することになりますし、多くの町民の方もそこから何度も転居を続けたわけですね。

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開沼 博(かいぬま・ひろし) [社会学者]

1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。
著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『はじめての福島学』(イースト・プレス)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)、『地方の論理 フクシマから考える日本の未来』(同、佐藤栄佐久との共著)、『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』(明石書店、編著)など。
第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。

 


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