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脅えるアメリカ社会 ボストンマラソン爆弾事件の衝撃

現地取材ルポ・爆弾事件後のボストンを歩く
テロに脅えるボストンはアメリカの象徴か?

仲野博文 [ジャーナリスト]
【第1回】 2013年7月26日
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4月15日に発生したボストンマラソン爆弾事件の発生から3ヵ月になろうとしていた6月30日から2週間、筆者はボストンで「爆弾事件のその後」を取材した。報道などでは落ち着きを取り戻したようにも見えるボストンで、実際に市民が何を考えてテロ後の生活を送っているのか。そして、ボストンマラソン以降では最大の野外イベントとなる7月4日(独立記念日)に、チャールズ川で行われる野外コンサートと花火の打ち上げが今年はどのように行われるのか。「いまのボストン」をレポートする。

厳戒態勢が敷かれた
7月4日のボストン

ボイルストン通りのゴールライン。通常、大会終了後に消されるが、今年はゴールラインが残されている Photo by Hirofumi Nakano

 事件について簡単に説明しておく。

 4月15日の午後にボストンの中心部コープリー広場近くのボイルストン通りで2度の爆発が発生した。この日は100年以上の歴史を持つボストンマラソンの開催日で、事件現場近くにマラソンのゴールが設置されていたため、事件発生当時は多くの観衆がゴールするランナーに声援を送っていた。8歳の子どもや留学生を含む3人が死亡。負傷者の数は180人を超えた。周辺に高級ホテルや有名ブランド店が並ぶ、ボストンの表玄関ともいえるエリアで発生した突然の爆弾テロ事件に周囲は騒然となった。犯行には圧力鍋を用いた手製の爆弾が使用された。

 地元警察やFBIはすぐに捜査を開始。FBIは4月18日に容疑者とされる2人の男性の写真を公開した。その日の夜にMIT(マサチューセッツ工科大学)のキャンパス内で警察官が射殺される事件が発生し、その数時間後にはボストン郊外のウォータータウンで銃撃事件の容疑者と追跡する警察との間で激しい銃撃戦が展開された。銃撃戦で容疑者の1人は死亡し、もう1人は現場から逃走したが、付近の公共交通機関を全て運休させ、ボストン周辺の住民に事実上の外出禁止令を出して行われた異例の捜査によって、もう1人の容疑者は事件発生から4日後の19日に逮捕されている。

 警察発表によると、2人はダゲスタン共和国からアメリカに移住したチェチェン人のツァルナエフ兄弟で、兄のタメルランと弟のジョハールはボストンの隣町ケンブリッジで暮らしていた。

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仲野博文 [ジャーナリスト]

甲南大学卒業、米エマーソン大学でジャーナリズムの修士号を取得。ワシントンDCで日本の報道機関に勤務後、フリーに転身。2007年冬まで、日本のメディアに向けてアメリカの様々な情報を発信する。08年より東京を拠点にジャーナリストとしての活動を開始。アメリカや西ヨーロッパの軍事・犯罪・人種問題を得意とする。ツイッター:twitter.com/hirofuminakano

 


脅えるアメリカ社会 ボストンマラソン爆弾事件の衝撃

アメリカ社会は、長年にわたってテロと戦ってきた。1993年の世界貿易センター爆破事件、1995年のオクラホマ連邦政府ビル爆破事件、そして2001年の同時多発テロなど、幾度となく発生したテロに加え、学校や職場では銃乱射事件などが頻発し、この20年間、身の回りにある恐怖に脅え続けてきたと言っても過言ではない。そしてその恐怖をさらに強めたのが、アメリカでももっとも安全な街の一つだと言われたボストンで2013年4月15日に発生したボストンマラソン爆弾事件だった。この衝撃は再びアメリカ社会を大きく揺さぶることになるだろう。さまざまな政策に影響を与えそうだからだ。事件が与えた衝撃を、現地取材をもとにレポートする。

「脅えるアメリカ社会 ボストンマラソン爆弾事件の衝撃」

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