ここまで、社会システム・デザインの考え方を用いて、医療システム問題、冷え込んだ国内消費を拡大する方法など、今これからの日本が避けて通れない問題にいかに取り組むかを示してきた。ほかにもさまざまなアイデアが湧いてくるはずである。元マッキンゼー東京支社長であり、東大エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)で次世代リーダーを育成している横山禎徳氏の好評連載、いよいよ最終回。


 今回が最終回なので、「社会システム・デザイン」アプローチ開発の経緯とその扱えるテーマの多様性について触れておきたい。

「横串」を通し、「時間軸」を組み込むには

横山 禎徳
(よこやま・よしのり)
社会システムデザイナー。前川國男建築設計事務所、デイヴィス・ブロディ・アンド・アソシエーツを経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社マッキンゼー・アンド・カンパニー元東京支社長。現在、三井住友フィナンシャルグループ、三井住友銀行、オリックス生命、社外取締役。東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP) 企画・ 推進責任者。「社会システム・デザイン」という新しい分野の確立と発展に向けて活動中。
主な著書に『東大エグゼクティブ・マネジメント 課題設定の思考力 』(共著、東京大学出版会)、『循環思考 』(東洋経済新報社)、『アメリカと比べない日本』(ファーストプレス)、『「豊なる衰退」と日本の戦略』(ダイヤモンド社)、『マッキンゼー合従連衡戦略』(共著、東洋経済新報社)、『成長創出革命』(ダイヤモンド社)、『コーポレートアーキテクチャー』(共著、ダイヤモンド社)、『企業変身願望-Corporate Metamorphosis Design』(NTT 出版)。その他、企業戦略、組織デザイン、ファイナンス、戦略的提携、企業変革、社会システム・デザインに関する記事多数。

「社会システム・デザイン」を考えるようになったきっかけは日本の「住宅問題」である。1990年頃、建設白書を見ていて日本の住宅が実は世間でいわれているほど狭くないことに気が付いた。持ち家で比較すると、アメリカ、ドイツよりは狭いがイギリス、フランスより広いのである。世帯数より住戸数のほうが多いので数が足らないわけでもない。しかも、貧しい時代の貧しい住宅は新しい住宅に急速に建て替わっていたので質が悪いとも言えない。

 しかし、その割には望む住宅が望む場所で手に入るという満足感が薄いし、住景観も雑然としている。その理由は住宅というハードウェアの問題ではなく、住宅供給システムというOS(オペレーティング・システム)ソフトウェアの問題ではないかと考えた。

 そこで、当時の通産次官に会いに行き、住宅産業ではなく、住宅供給システムとして通産省は捉えた対策を考えるべきではないかといったが、当然、相手にされない。そこで、元建設次官に会いにいって説明したら、その通りだが建設省では扱えないから、自分で組み立ててはどうかという話だった。

 確かに当時の建設、通産、大蔵、労働、文部の各省が絡む、省庁横断的な、新たな仕組みが必要だと気が付いた。すなわち「住宅供給システム」のデザインである。これはマッキンゼーの扱う分野ではなかった。

 それ以来、20年間、経営コンサルティングの仕事とは別に、孤独かつ勝手にデザインのアプローチを開発してきた。建築のようなスタティック・システムではなく、社会をダイナミック・システムとして捉えたデザイン・アプローチ、すなわち、時間軸を無視したツリー構造のシステム・デザインから「悪循環」、「良循環」という時間軸を組み込んだシステム・デザインを思いつき、「社会システム・デザイン」と命名した。

 「ソーシャル・デザイン」という言い方がある。日本語では「社会デザイン」であろう。これと「社会システム・デザイン」は全く違うものであると考えている。「社会デザイン」の方法論、アプローチはかなり異なるようだ。個人的には「社会」という茫漠としたものは「デザイン」できないのではないかと思っている。