社会起業家の育成・輩出に従事してきた慶應義塾大大学院政策・メディア研究科 特別招聘准教授の井上英之氏と、『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』の著者、目的工学研究所所長の紺野登氏との対談を3回に分けてお送りする。第1回は、世界の企業が今なぜ、ソーシャル・イノベーションへと向かうのか、そして、その重要なキーワード「セオリー・オブ・チェンジ」とは何か、について。(構成/曲沼美恵)

ソーシャル・アントレプレナーから
ソーシャル・デザイナーの時代へ

紺野 井上さんは以前、ワシントンDC市政府やアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)で勤務されたご経験もあり、現在は日本国内における社会起業家の育成・輩出に深く関わる活動をされています。国内外のソーシャル・イノベーション事情にも詳しいので、今日は是非、その最新動向と目的工学の関係について2人でじっくり話してみたいと思い、お時間をいただきました。

 対談のテーマであるソーシャル・イノベーションを直訳すれば、「社会変革」という意味になります。今、世界中の大企業や若い起業家たちがこの大きな変革へと向かっています。ビジネスで言うとかつてそれは傍流、もっとはっきり言えば、「あまり儲からない分野」だと考えられていましたが、今はむしろ、そこに本気で取り組まなければ未来がない、とさえ言われています。

 日本でも、日立や富士通、NECなどの大企業もソーシャル・イノベーションの重要性を謳い始めてはいますが、一般的にはその本質が十分に理解されているとは思えません。ですから、今日はまず「今なぜ、ソーシャル・イノベーションなのか」「それが企業にとってどんな意味があるのか?」というあたりから話してみたいと思うのですが、いかがでしょう?

第三世代の社会起業家たちが駆使する<br />「セオリー・オブ・チェンジ」とは何か?<br />対談:井上英之×紺野登(前編)井上英之(いのうえ・ひでゆき)
1971年東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、ジョージワシントン大学大学院に進学(パブリックマネジメント専攻)。ワシントンDC市政府、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、NPO法人ETIC.に参画。
2001年より日本初のソーシャルベンチャー向けビジネスコンテスト「STYLE」を開催するなど、国内の社会起業家育成・輩出に取り組む。2005年、北米を中心に展開する社会起業向け投資機関「ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)」東京版を設立。2009年、世界経済フォーラム(ダボス会議)「Young Global Leader」に選出。2010年鳩山政権時、内閣府「新しい公共」円卓会議委員。2011年より、東京都文京区新しい公共の担い手専門家会議委員、など。現在、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘准教授。2012年秋より、日本財団国際フェローとして、米国スタンフォード大学客員研究員として滞在中。

井上 そうですね、僕はまず、今回、紺野さんらが書かれた本を読み、2000年以降、ずっとかかわってきたソーシャル・イノベーションの分野と本質的に重なる部分が非常に多い、と感じました。本の中で「コンシャス・キャピタリズム」(理性ある資本主義)が叫ばれるようになってきた現状について書かれていましたが、これはまさに今、米国のビジネスや、私のいるカリフォルニアでも巻き起こっている強い流れだと思います。

 少し、これまでの流れを整理しながら説明しますと、ひとくちに社会起業と言っても、じつは3つの世代に分けられると思います。第一世代はビジネスで大きく成功し、晩年、リタイアしてから社会に貢献しようとした人たち。その典型はロックフェラーで、彼らはいわゆる財団のような組織を持ち、ドラッカーの言う「第二の顧客」的立場で寄付行為を通じて社会を変革していこうとしました。

 続く第二世代は90年代後半、ちょうどネットベンチャーブームに乗って出てきたより若い世代です。その中心地はサンフランシスコのベイエリアやシアトル、ボストン、テキサス州のダラスなど。ITベンチャーやコンサルティング会社、金融関係で成功した若手が、早期引退し、それまでのビジネススキルを活かして社会的な活動を始めた。

 この2つの世代はどちらも引退時期の早い・遅いの違いはあっても、最初にまずビジネスで成功し、次に社会貢献、という順番でものごとを進めて行った点で共通しています。