スエズ運河の岸に見えた「PEACE」の文字

 僕は今、世界一周クルーズを主宰するNGOであるピースボートの船上にいる。8月に入ると同時にインドから乗船して、今月はずっと船の上だ。

 以前にもこの連載で書いたけれど、最初に乗船を打診されたとき、「平和」とか「反戦」と染め抜かれた鉢巻をしめて船底で大勢でシュプレヒコールを上げているかのようなイメージをどうしても拭えなくてお断りしたのだけど、その後も何度も誘われて試しに一度だけと乗船して、自分の思い込みを訂正した。世界一周クルーズは他にもいくつかあるけれど、ピースボートの価格は圧倒的に低い。だから大学生やフリーター的な若者が数多い。それと定年で退職したばかりの世代。女性も多い(もしかしたら半分以上かも)。

 40代と50代は少ないけれど(これは仕方がない。みな働き盛りだ)、それを除けばほとんど船上は日本社会の縮図だ。乗り込んできた若者の多くはノンポリだし、社会や政治に関心がない。ところがそういう若者たちが、船上や寄港地の経験で大きく変わる。それはもう、見ていて面白いくらいだ。
 若者たちに比べれば、年配の世代はさすがに物事を知っている。自民党支持者もいればリベラルもいる。改憲論者もいれば原発推進派もいるし、がちがちの死刑制度存置派もいる。もちろん反原発や護憲を主張する人もいるし、死刑廃止派もいる。要するにバラバラ。思想的な偏向はほとんどない。

 インドの次の停泊地はエジプトのはずだった。でも現在の政情があまりに不安定で危険であるということで、直前に地中海の島国キプロスに航路が変更された。ただし地中海に抜けるために(エジプトの)スエズ運河を渡っているとき、西岸の都市イスマイリアのビルから黒煙が上がるのが見えた。軍用ヘリも空を旋回していた。
 地中海に抜けた翌日の朝、エジプトで非常事態宣言が発令されて500人以上の死者が出たことを、やっと繋がったネットのニュースで知った。そういえば運河の護岸を警備する軍や警察の関係者も、なんとなく緊迫した雰囲気を発していた。

 だから思い出す。スエズ運河左岸のコンクリート壁に、通行する船のすべてが見えるように、巨大な「PEACE」の文字が描かれていたことを。