「レアメタル」と呼ばれ、日本を支える高度技術の要となる希少元素。その機能を、鉄やアルミなどのありふれた元素で置き換え、日本を資源大国へと変貌させる「元素戦略」が、産官学が連携したオールジャパン体制で進められている。科学と産業に革命的なインパクトを与える「元素戦略」の全体像を、その立役者とも言われる中山智弘氏(科学技術振興機構 研究開発戦略センター・フェロー/エキスパート)に解説してもらった。

差し迫る元素危機

 いま、世界が注視するなか、「元素戦略」という名のプロジェクトが日本の産業界の期待を一身に背負って強力に押し進められている。本稿では、その「元素戦略」プロジェクトの立ち上がりからずっと関わり続けてきた者として、いま産業界にどのような危機が差し迫っているのか、日本の科学者、技術者、官庁の産学官はいかなる戦略で解決しようとしているのか──それを一般の方々に向けて解説したい。

 差し迫る危機とは何か──「元素不足」である。かつて、1970年代には二度の石油危機が起きた。石油はガソリンとして、化学工業の原料としてなくてはならないものである。しかし、それが「戦略物資」として政治的に使われたことで世界中に「石油不足」が巻き起こり、石油価格が日本でも一気に4倍に跳ね上がり、供給そのものが危うくなった。巷(ちまた)では砂糖がなくなり、トイレットペーパーまでなくなり、社会は大混乱を来たした。

 残念ながら、「元素危機」は間違いなく起きると見られている。元素が戦略物資として利用される可能性が大きいためだ。その危険性は、「石油危機」の比ではない。しかも、それは世界の中でも日本をいちばん大きな苦境に陥れかねない危機である。残念ながら、多くの方には、「元素危機」といっても、ピンとこないに違いない。

 しかし、自動車産業、化学産業、電機・半導体産業、鉄鋼産業などの産業現場では、最先端製品の機能・性能というものが、実は「希少元素」をほんのわずか出し入れすることで高められたり、生み出されたりしており、それこそが競争力の源泉であることが知られている。

 たとえば、トヨタのプリウスなど、今後の自動車産業の主軸となるハイブリッド車、電気自動車には、必ずネオジム磁石と呼ばれる高機能な磁石が使われている。そのネオジム磁石には、希少元素のジスプロシウムが欠かせず、もし輸入できない事態に陥れば、今後、爆発的に拡大するハイブリッド車を国内で1台たりとて生産できない。

 液晶テレビや有機ELテレビ、あるいは太陽電池には現在、ITOと呼ばれる透明電極が使われているが、ここにはインジウムという希少元素が使われている。鉄鋼業でも同様だ。ニオブなどの希少元素を微量、出し入れすることで、わが国では世界に誇る強靱で、しなやかな鉄がつくられている。それらの製法はすべてシークレットである。

 これらクルマ、テレビ、鉄鋼、半導体などの最終製品にだけ、希少元素が使われているのではない。実は、それら最終製品で日本に強みがあるのは、それを支える部材産業(部材=部品・材料の総称)に、日本の本当の強みがあるからだが、それら部材産業でも大量の希少元素を使用している。

 たとえば、ガラスの研磨剤であるセリウム(酸化セリウム)もその一つだ。キヤノンやニコンなどのトップメーカーがつくる高級レンズの研磨、あるいはハードディスクのガラス基板の研磨といった地味な工程にも、セリウムは欠かせない。同様に、高温時にも劣化の少ない非常に硬い工具(超硬工具=ドリル、旋盤、シールドマシンなどに使用)が産業界では必須であり、それらの世界一の部材が日本の強みの一つだが、その超硬工具にはタングステンが使われている。タングステンは希少元素の中でもさらに希少な元素である。

 いちばんの問題は何か。爆発する希少元素への需要に対し、供給が早くも先細りし、「戦略物資」として扱われ始めてきていることだ。すでに最近1年間で30倍もの高値をつける希少元素もあるし、供給そのものが危ぶまれているものも多数存在する。

 なぜ、それほど供給が危ぶまれるのか。一つには、「希少元素」という名前の通り、「供給量が世界的にきわめて僅少」であること、さらに、「資源国が非常に偏っている」ことである。なかでも中国はその独占的な供給基地としての立場を背景に、戦略物資として使う方向に出ており、日本の産業界にとっては、ゆゆしき事態が続いている。日本の強みは何といっても科学技術力である。しかし、原料そのものが断たれては、高い技術力をもってしても対応のしようがない。