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莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

昨年、私をもっとも感動させた映像
北京のフラッシュモブモで見た中産階級の勃興

莫 邦富 [作家・ジャーナリスト]
【第188回】 2014年1月9日
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 初めて日本を訪れたのが1981年だった。中国の大学で日本語を教える教師たちを対象とする日本語研修センターの一期生として、その年の3月に日本を一ヵ月間駆け回った。大平正芳元首相の肝いりでスタートしたODAプロジェクトなので、中国でも日本でも「大平学校」という愛称で知られている。今や、中国の日本語教育分野の人材山脈がそこから脈々と続いている。

アジアの先進都市で覚えた感動

 その訪問中に、日曜日の原宿の街頭に立った私は、目の前に広がる色の洪水に目まいにも似た感動を覚えた。街中をいくら眺めても同じ服を着ている人はいなかった。人々の表情には生活への満足感が滲んでいて、安定した社会づくりが空気のように隅々に浸透しているのを体感し、感動した。欧米のような裕福な社会がそこにある。日本は中国のモデルだと強く信じた。

 1985年、生活の舞台を日本に移してから、目線の先は日本の国境を超えた。1990年代の初め頃、初めてシンガポールを訪れた。シンガポール随一の繁華街・オーチャードロードの街角で行き交う人々を飽きることなく長い間眺めていた。人々のきれいな身なりや落ち着いた表情から、中産階級が主流となるその社会の成熟度を読みとることができた。華人が大半を成す国がここまでできたのを自分の目で確認できたことに、大いに自信を得た。中国人もやればできるのだ、と思った。

 1990年代半ば、香港返還が次第に話題として関心を集めた頃、香港を初めて訪問した。当時は日系デパートが密集していた銅鑼湾(コーズウェイベイ)の交差点の前で街の表情を興味津々、長時間観察した。日本の有楽町交差点の前、シンガポールのオーチャードロードの街角で確認できたあの街の表情と変わらないものを目の当たりにして、興奮を覚えた。中国本土にとって学ぶ手本が身近にあるのを確認できたからだ。

 同じ頃、台湾の台北市をも訪問した。繁華街の忠孝東路あたりでうろうろしていた。やはり行き交う人々の表情の落ち着きと身なりから判読できた生活水準に感嘆した。台北滞在期間中、ほぼ毎朝欠かさずに陽明山を登っていた。山道ですれ違う人々が交わすあいさつとあの笑顔に大きな感銘を受けた。

 ほぼ同時期に訪れたアメリカのニューヨークの五番街の街角にも立ってみた。有楽町、オーチャードロード、銅鑼湾、忠孝東路で覚えたあの感動は沸き上がらなかった。信号が青に切り替わって道路の向こう側から渡ってきた人々の身なりと表情に大きな階級の差、所得の差を感じたからだ。

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莫邦富(モー・バンフ) [作家・ジャーナリスト]

1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。


莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

地方都市の勃興、ものづくりの精度向上、環境や社会貢献への関心の高まり…中国は今大きく変わりつつある。先入観を引きずったままだと、日本企業はどんどん中国市場から脱落しかねない。色眼鏡を外し、中国ビジネスの変化に改めて目を凝らす必要がある。道案内人は日中を行き来する中国人作家・ジャーナリストの莫邦富氏。日本ではあまり報道されない「今は小さくとも大きな潮流となりうる」新発見を毎週お届けしよう。

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