先日、仕事の下見で、東京都高尾山にあり清流が美しいことを自慢する山里のレストラン・うかい鳥山を再訪した。例年になかった大雪のせいで、庭園のところどころにまだ深い積雪が残っている。しかし、渋い緑を保つ苔に覆われている茅葺の屋根の斜面に真っ白な残雪があると、何とも言えない上品な「侘び」を感じる。受付ロビーにあたる母屋に入り、農家ではよく目にすることができる囲炉裏端で、暖をとりながらお茶をしばらく飲むと、自然に『枕草子』の表現を思い出した。

「冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白い灰がちになりてわろし」

 レストランは自然の趣を生かした庭園そのもので、山谷を流れる清流に沿って展開していく。歴史と風格を感じさせる伝統建築「越中五箇山の合掌造り」を、まるで護衛するかのように、離れ座敷のようなあずま屋がこちらあちらと点在している。青々とした竹に囲まれたものもあれば、泥壁を背景に早春の昼の柔らかい太陽光を受けて、寒さをものともせず静かに咲き誇れる赤い椿の花が誘いかけてくれるようなものもある。

悔しさに涙したことも

 私たち一行は、清流の横に立つ離れ屋風の個室に通された。薄いピンクの和風衣装を纏った若い女性が給仕を担当している。就職してからまだ2年しか経っていない若い女性スタッフが炭火を使い、目の前でジュージューという音を立てて鶏や旬の野菜などを焼いてくれた。慣れた手の動きを見て、みんな感心すると、彼女も自然に私たちの会話に入ってくる。

 もともと専門学校ではITを専攻していたが、やはり接客業が自分の性に合うと思って、この会社に入った。この間、88歳になるおじいさんをはじめ家族も自分の成長した姿を見るために食事に来た。仕事を覚えるまで大変だった。お客さんの前では笑顔を絶やさないようにしていたが、一歩、個室を出ると、仕事の失敗に悔しい思いに駆られ、静かに泣いたことが何度もあったそうだ。