いまだかつて科学的な話題が、これほどまでに日本のTV、新聞、雑誌等のメディアを騒がしたことがあっただろうか。

STAP細胞論文捏造事件は、今なお、大きく世間を揺るがしている。
(編集部注:STAP論文細胞論文の共著者であるチャールズ・バカンティ米ハーバード大教授が、先月末に論文取り下げを求める書簡を、ネイチャー誌に送っていたことも明らかになっている)

この事件は、小保方晴子氏という特異なキャラクターが産んだ空前絶後なものと世間一般には受け止められている。しかしこの事件は、実は日本の科学界が内包する構造的な歪みが限界まで達し、起こるべくして起こったものなのである。

「空前」でもなければ「絶後」でもない。むしろこのままその歪みを放置すれば、さらに多くの研究不正が堰を切って流れ出すだろう。今こそわれわれ科学者は、この大問題を契機として、自らその改革に乗り出さなければならない。

私は、日本分子生物学会という生命科学で最大級の学会において、研究不正を撲滅する取り組みを8年前(2006年)に始め、そのリーダーとして様々な不正事件に関わってきた。その経験を基に、科学界が内包する矛盾点をずばり解剖し、病理を調べ、その「治療方針」を示したい。

小説『貞子』の母のモデル
御船千鶴子の事件

なかやま・けいいち
九州大学大学院 医学系研究科 生体防御医学研究所 分子医科学分野 主幹教授。専門分野は細胞周期制御におけるタンパク質分解機構の研究。1961年生まれ。1986年、東京医科歯科大学医学部医学科卒業。1990年3月、順天堂大学大学院医学研究科修了(医学博士)。同年4月より理化学研究所フロンティア研究員を経て、12月よりワシントン大学医学部ポストドクトラルフェロー。1995年7月より日本ロシュ研究所主幹研究員。1996年10月より現職。著書に『君たちに伝えたい3つのこと』(ダイヤモンド社)などがある。 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野ウェブサイト

 STAP論文捏造事件は、わが国における史上最大の捏造事件であると言っても過言ではない。しかし最大、という意味は必ずしも量的なものではない。最も世間を騒がせ、世界の中でわが国の科学の名誉と信用を地に墜とした点で、過去のいずれの捏造事件よりも罪は重い。

 この事件は若い女性科学者によるセンセーショナルな発表という、外形的には非常に特殊な事例に見えるが、捏造の歴史を紐解けば、実はその本質はごくありふれたものであることが容易に理解できよう。捏造のパターンは古今東西似ており、ステレオタイプの捏造が繰り返されているのだ。

 若い女性が世間を騒がせた例としては、ちょっと古いが明治末期に起こった御船千鶴子(注)事件を連想させる。これは科学と言うより、透視能力という似非科学であるが、若い女性が周りの男を協力者にして次々と信じられないような能力を発揮し、当時の新聞等にセンセーショナルに取り上げられたが、厳密な科学的検証に耐えられずに厳しい世論の指弾を受けたものである。最後は24歳で自らの命を絶つという悲劇的な結末を迎えた事件であった。

(編集部注:小説『貞子』の母のモデルは御船千鶴子)