世の中に、理不尽なことはそんなにない

藤野 我慢と言えば、僕、学生のころ、それこそ思い通りにならないことにぶちあたって、大きな挫折経験をしたんです。ざっくり言うと、不可抗力な出来事があって第一志望の大学に行けなかった。もちろんその頃は「人生、うまくいかないのは当たり前だ」なんて思えないから、あんまり大学にも行かなくなってしまって。二年くらい、時間を無駄に使ってしまいました。

白木 自分に非がないのに受験に失敗したことで、ふてくされてしまったんですね。今の藤野さんからは想像もできないお話です。

藤野 当時はそういう言葉はなかったのですが、今でいう引きこもり状態でした。そんな中、ひょんなことから日中学生会議というのがあると知って、ふらりと参加してみたんです。二週間、中国の大学生と討論したり共同生活をしたりするというプログラムで。その中で、とあるひとりの先生と出会ったんだけども、「あの90分がなかったら今の僕はいない」と断言できるくらい、まさに人生を変えてくれた先生でした。

白木 どんな方だったんですか?

藤野 中国の精華大学の数学の先生だったんだけども、あれ? この人、本当に数学の先生? と思ってしまうくらい、筋骨隆々なんです。全然数学っぽくない。でも、昔の写真を見せてもらうと牛乳瓶の底みたいなメガネをかけて、体もひょろりとしていた。それで、「どうしてこんな体格になったんですか?」って聞いたんです。すると、予想もしていなかった答えが返ってきました。そもそも彼、数学オリンピックで金メダルを獲ったこともあるくらい、めちゃめちゃに頭が良かったらしいんです。

白木 ええっ。それはすごい。

藤野 ところが、一生懸命勉強して、これから数学で頑張っていこうというときに文化大革命が起こった。彼は頭が良かったばかりに「思想犯」として捕らわれました。そして、新疆ウイグル自治区に下放されて、肉体労働をさせられたんです。10年ですよ。10年。こんな理不尽なこと、ありますか?

白木 ……言葉もありません。

藤野 しかし、彼はその理不尽な事件を経験しているのに、ものすごく魅力的な人でした。最後、僕にこう言ってくれたんです。「今日は幸せだったよ。きみと出会えたから」と。頭を殴られたような衝撃でした。それまで僕は、「勝つか、負けるか」だけが大切だと思っていて。成績だったり学歴だったり。でも、誰かと出会ったり、ひとと話したり、ただ毎日生きることを「幸せ」と言えるのなら、ずっとこっちの方がいいじゃん、と。

白木 それが大きな原体験でもあり、今の、人や社会を大切になさる藤野さんを形作っているものなんですね。すごく納得しました。

藤野 本当の「先生」は人生を変える力があります。僕、その数学の先生の名前も知らないんですよ。たった90分しか一緒の空間にいなかった。それでも、人生を通じて1番の大先生です。
 今、自分が明治大学で教える立場になったのですが、若い人に伝えたいのは「何事もあきらめちゃいけない」ということ。「日本は駄目だ」「この会社は駄目だ」なんて冷めた目で言っていても仕方がない。そんなことを言っている間に、挑戦するしかないんです。そういうメッセージを伝えたい。そうして、かつてその人に与えられたように、誰かに影響を与えていければと思っています。

白木 藤野さんに教わる方々は幸せだと思います。やはり今日のお話を通じても、私にとって藤野さんは最高のメンターだと思いました。今日は本当にありがとうございました!


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