世界20ヵ国以上で純米大吟醸<獺祭>を展開する、旭酒造の桜井博志社長。今回は、その<獺祭>を米シカゴで手に入れるため30キロの道のりを毎週のように往復していた(!)という漫画家のヤマザキマリさんを迎え、日本酒にみる日本人ならではの繊細さを大いに語り合い、欧米で売り込む際のヒントをもらいました。ヤマザキさんが古代ローマの世界と日本の風呂文化を絶妙にマリアージュさせた大ヒット作『テルマエ・ロマエ』のごとく、今日の対談も、日本酒からイタリア人の食文化、その原点を巡って話題は古代ローマにまで広がりました…!

土産用に買った<獺祭>を道中で
飲んでしまった…という“出会い”

桜井 ヤマザキさんの代表作『テルマエ・ロマエ』、映画も大ヒットされて、おめでとうございます。テーマの(現代にタイムスリップした古代ローマ人の浴場設計技師が、ニッポンの風呂文化に衝撃を受けて祖国に伝承するという)ユニークな発想に驚嘆しました。ご主人がイタリア人でいらっしゃることも、創作に活きてらっしゃるんでしょうね。

ヤマザキ そうですね。夫は歴代皇帝の名前をすべて暗記しているほどの“古代ローマおたく”ですから…。そこまでいかなくとも、多くのイタリア人は今も古代ローマを誇りに思っているので、「極東の日本人が古代ローマをオモシロ可笑しく描くなんて!」と憤慨されたのか、なかなかイタリア語版は出版してもらえませんでした。同じ欧州の隣国でもフランスの場合は、古代ローマに征服された怨恨を今も引きずっているので、ローマ人がちょっと困る絵は読んでいて痛快らしくて(笑)、フランス語版はすぐに出していただいたんです。フランス人はマンガだけでなく海外の文化に寛容ですしね。

桜井 それぞれお国柄が出て面白いですねえ。ヤマザキさんは、ずいぶん昔から<獺祭>を愛飲くださっていると伝え聞きました。有難うございます!

ヤマザキマリ 漫画家。1967年東京生まれ。84年に絵画の勉強のためにイタリアに渡りフィレンツェの美術学校で11年間油絵を学ぶ。97年初めて描いた漫画で入賞、漫画家として活動。その後中東、ポルトガル、シカゴを経てイタリアに在住。『テルマエ・ロマエ』で2010年漫画大賞、手塚治虫賞短編賞受賞。他に『ルミとマヤとその周辺』『モーレツ!イタリア家族』『ジャコモフォスカリ』『世界の果てでも漫画描き』など。現在は講談社で『スティーブ・ジョブス』新潮45で連載中の『プリニウス』1巻まもなく刊行!

ヤマザキ そうなんです。実は、初めて<獺祭>を飲んだのは、友人と池袋から埼玉・飯能に向かう電車の中でした。2年ほど前のことです。あるベテラン漫画家さんのお宅を訪ねる際にお土産としてお持ちするつもりが、なんと車中で開けて飲み始めてしまいまして。特急列車に揺られていたら、長旅に出かけるような気分になって、つい…。でも、飲み始めたらクイクイいけて、「これ、美味しいね!」と行きだけで半分ぐらい空けてしまって、飯能に着いてから別のお土産を買って行くハメになりました(笑)。

 <獺祭>はこのときマーキングされたので、美味しいお酒は他にもいろいろあるでしょうけど、私にとっては特別な一本なんです。名前もいいですよね、「カワウソの祭り」。

桜井 特別な一本と言って頂けるのは嬉しいなあ。

 <獺祭>という銘柄は、東京に進出を始めたときに、東京版ブランドとして使い始めたのですが、代々受け継いできた<旭富士>より売れるようになって知名度も高くなってしまって。「軒を貸したら母屋を…」じゃありませんが、今お出ししている酒の銘柄はすべて<獺祭>に統一しました。当初は「ダサい」みたいで変な名前だ、と随分批判されましたけど。

ヤマザキ えーっ!? 素敵な名前なのに! 「ダサい」なんて言う人のセンスのほうが、よっぽどダサいですよ。私は<獺祭>という名前を見て、すぐに水木しげる先生の描かれたカワウソの姿が目に浮かびました。人間には味わえない妖怪の祭りで、これを飲んで浮かれている…みたいな楽しいイメージを勝手に妄想しましたけど。