売春島や歌舞伎町のように「見て見ぬふり」をされる現実に踏み込む、社会学者の開沼博。そして、『「AV女優」の社会学』の著者として話題を呼ぶ社会学者の鈴木涼美。『漂白される社会』の出版を記念して、ニュースからはこぼれ落ちる、「漂白」される社会の現状をひも解くシリーズ対談。
AV女優に対する偏見と、裸が猥褻物であるという事実が、AV女優という仕事の価値を高めていると鈴木は語る。100円の下着が8000円で売れた「女子高生」ブランドを失ったとき、鈴木は何を思ったのか。対談は全3回。

AV女優になった女の子たちの引き際とは

開沼 AV女優を始めるときのハードルは意外に低いというお話があったわけですが、辞めるときのハードルも同じように低いものですか。入り口はきらびやかだとしても、一回で辞める人もいれば、何回も続ける人や引退してから戻って来る人もいるでしょう。この出口のあり方はどうなっているんでしょう。たとえば、契約のシステムに依存する部分が大きいとか、より個々の精神性が理由だとか。いかがでしょうか。

AV女優への偏見こそが仕事の価値を生んでいる <br />「女子高生」ほどわかりやすい“値札”はない<br />【社会学者・鈴木涼美×社会学者・開沼博】鈴木涼美(すずき・すずみ)
1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)がある。

鈴木 たとえば、「12本契約だから、途中で辞めるなんて許されない」と言われたとき、多少は怖いかもしれませんがそれを振り切れる子と、振り切れない子がいますよね。契約を解除したらお金を取られる、暴力を振るわれると思う人もいるでしょう。ただ、構造的に一度入ってしまったら辞められない、それこそ吉原炎上のような構造には、いまはほとんどなっていない。業界のスタッフは理解があるし、もちろん、ビジネスとしてきちんと約束は守るといった基本的なことは求められますが、女の子側の事情がまったく無視されるような状況にはないと思います。

 両方あると思いますが、属人的な要素が強いと私は思います。もちろん、女優としての価値が高い子に対しては、いろいろな方法で引き止めはされていると思います。より個人的な感情、たとえばマネジャーさんによくしてもらったことへの感謝や、契約を解除することへの罪悪感から抜けられないこともあると思います。

開沼 無理解な世間からは、「誰でもできる仕事だ」「金に困ったら脱げばいい」という見られ方をすることもあるでしょうが、AV業界はもちろん、性産業全般がけっして楽に稼げる仕事ではありませんよね。少数の売れる人と多数の売れない人とが常に競り合っている状況もあるでしょう。そのときに、自発的に辞めるのではなく、競争から敗れていった人はどこにいくのでしょうか。AVの場合は、単体から企画というケースが一般的ですか。

鈴木 「単体」「企画」というのも業界の便宜的な分け方ですが、やはり単体のほうがかわいいという風潮はありますね。本当はそんなことはなくても、イメージがある。言葉巧みな人であれば、自分はすごく大事にされている、商品価値のある単体女優だと女の子に思わせながら企画を担当させることもあるかもしれません。

 女の子のプライドをへし折らずに、彼女たちが活躍できる場を用意するのは、単純にマネジャーの手腕だと思いますよ。たとえば、3人いっぺんに女の子が出る作品の場合、「君がメインだよ。メーカーは君を気にいっている。ただ、3人一緒のほうが人の目にとまるから、デビューはこの形にしたんだ」と言えるかどうかです。