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船長1人に「死の償い」を求め続けた韓国世論の異常
セウォル号事故の憤怒の深奥が日本人に見えない理由
――ジャーナリスト・中島 恵

中島恵
2014年11月21日
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死刑は回避され懲役36年の求刑へ
セウォル号船長への異常なバッシング

 4月に韓国南西部沖で発生した旅客船セウォル号の沈没事故から半年以上が経過した10月末、乗客らへの救助措置を怠ったとして殺人罪に問われていた船長のイ・ジュンソク被告らへの論告求刑公判が行われ、11月11日に懲役36年の一審判決が言い渡された。殺人罪は認められず、遺棄致死罪などとなった。同日、政府は残る行方不明者の捜索打ち切りも発表した。

 検察側は論告求刑公判で、イ被告について「船長として船に留まる義務があるのに、何の救護措置も取らずに脱出した責任は最も重い。公判で虚偽の陳述をし、一貫して反省の様子が見られない」と主張。船長らは乗客が待機していることを承知していたのに、現場に駆けつけたタンカーからの支援申し出などを無視、自分だけ先に逃げ出したことを指摘され、「(殺人の)未必の故意」があったかどうかが、裁判の争点となった。

 イ被告は、「事故当時は混乱していて、まともな精神状況ではなかった。殺人の故意はなかった」と述べたが、検察側は「乗客は死んでもいいと思った内心が確認できる」としていた。

 日本でも判決は比較的大きく報道されたが、この一連のニュースに対し、喉に何かつっかえたような違和感や、胸苦しさを覚えた日本人は多かったのではないだろうか。

 事故当時、船長が必死になって逃げ出す姿を何度もニュース映像で見て憤りや怒りを感じた日本人であっても、やはりその瞬間、彼が“殺人”までも意識していたかどうかとなると、首を傾げざるを得なかったのではないか。

 もしあのとき船内に留まっていたら、彼も亡くなっていた確率は高い。「お客様の安全を第一優先にするのが船長の責務」であることは大前提だとしても、世間がそれを船長自身に強要すること(すなわち、死ぬかもしれない危険な状況に留まることを当然と考えること)はできないはずだし、また赤の他人にそこまで言う権利はないのではないか、と思ったからだ。「もし自分があの場にいたら……」と考えると、日本人でも全員がその場に残れた、とは言い切れないだろう。

 同じ状況が日本で起きているわけではないので、あくまで想像だが、もし日本で同様の裁判があったなら、おそらく検察側から死刑までは求刑されなかったのではないか。今回の海難事故では、過積載の問題や未熟な操縦士による急旋回、海洋警察の初動対応のまずさなど、現場で様々な不幸が重なっていたことは、これまでの報道でも指摘されてきた。

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