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アダム・スミス 人間の本質
【第3回】 2014年12月2日
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小川仁志

なぜ人は互いに同感を求めて
発言したり行動したりするのか?

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前回、スミスが定義した「同感」概念の新規性について解説しました。人間は、複数の人の間の同意を前提とする間主観的な存在、あるいは社会的な存在である、と定義づけていた、ということでした。しかし、私たちはどこまで他者に同感することができるのでしょうか。自分と他者との境界線について探り、なぜ人は同感を求めるのか、さらに考えていきましょう。

 他者とはどんな存在なのでしょうか? 「私以外」の人であることは間違いありません。

 ではその特徴は? この点、フランスの思想家レヴィナスによると、他者とは自分の中に取り込むことのできない絶対的に異なる存在だといいます。はたしてそんな他者にどこまで入り込むことができるのか。

 それに多少は他者の中に入り込めるとしても、自分と他者はやはり別の人格です。人の気持ちを理解するにも限界があると思うのです。たとえば、同じ映画を見ても感動の仕方は人それぞれです。仮に誰もが泣いていたとしても、その理由や程度はまちまちのはずです。まして、実際に苦痛を受けた人と、それを横で見ていた人とでは、同じ気持ちになりようがありません。これは皆さんにも経験があると思うのです。

 「お前に俺の苦しみがわかってたまるか」「あなたには私の気持ちはわからないわ」などというセリフを吐いたり、聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。スミスは、想像の産物と異なり、実際の身体に関する事柄の場合、完全には入り込めないといいます。

想像に起原をもつ諸情念については、まったくちがう。私の肉体の構造は、私の仲間のそれにたいして加えられた変化によって、作用をうけることはほとんどありえない。しかし、私の想像力は、もっと柔順であり、もしそういっていいなら、私にとって親しい人びとの想像上の形と表現を、もっと容易にうけとる。(スミス上P74~75)

 つまり身体の場合は、直接的、物理的に人に作用するからでしょう。この場合、まったく同じことがその人の身に起こらない限り、まったく同じことを感じるのは不可能なのです。だから格闘技も笑って見ることができるわけです。でないと終始絶叫しているはずです。手術シーンなんてもう気絶してしまうのではないでしょうか。

 仮に過去に同じ経験をしたことがあるとしても、時間がたつと感覚は変わるものです。これに対して、身体と関係のない想像の場合は、なんとでもなります。少なくともスミスはそう考えています。だから他人の飢える苦しみは本当の意味ではわからないけれども、全財産を失った苦しみはわかるというのです。

 しかしそんなことを言っていては、同感は成り立ちません。飢えたことがなくとも、そして他人と胃を共有することがなくとも、お腹を空かせて苦しむ人に同情する必要はあるはずです。そうでないと、ひどい世の中になることでしょう。完璧を求めてはいけないのです。

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小川仁志(おがわ・ひとし)

哲学者。徳山工業高等専門学校准教授。1970年京都府生まれ。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。米プリンストン大学客員研究員(2011年度)。商社マン、フリーター、公務員を経た異色の哲学者として、商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど市民のための哲学を実践している。『人生が変わる哲学の教室』(中経出版)、『7日間で突然頭がよくなる本』(PHP研究所)、『ピカソ思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。


アダム・スミス 人間の本質

 

『国富論』で知られ、“経済学の祖”といわれるアダム・スミス。彼のもうひとつの著書『道徳感情論』では、経済・社会の構成員である人間の本質を掘り下げて分析されている。そこから、21世紀の資本主義社会を快適に生き抜くための知恵を学ぼう。

「アダム・スミス 人間の本質」

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