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佐高 信の「一人一話」

国家に切られたベストセラー作家 佐藤優の生き方

佐高 信 [評論家]
【第12回】 2015年1月13日
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 出す本すべてがベストセラーといった感じの佐藤優に、仙台で開いていた「佐高信政治塾」の講師として来てもらったのは、2011年の春だった。 

 「現代日本をこう読む」というテーマで、佐藤に私が話を聞く形をとったのだが、社民党の支持者、なかでも社青同(社会主義青年同盟)出身者が多い出席者を前に、いきなり佐藤はこんな打ち明け話をして会場をどよめかせた。

 「今日は社民党の方が大勢来ていますが、私は実は高校生のときは社青同でした。社会主義協会の向坂逸郎先生の門下でした。それで仙台は社会主義協会、社青同の拠点ですから、強く憧れました。少し、歴史の運命が違っていたら、東北大学でマルクス経済学を学び、社会主義協会の専従になっていたかもしれません」

 私も知らない告白だったので驚いた。

 その前段で佐藤は、母親は沖縄の久米島の出身だが、父方の祖父母は福島の出身で、80代の伯父と伯母が仙台に住んでいる、と説明している。

 だから、いろいろな意味で、今日ここに来られたのは感無量なんです、と話して会場の空気を一気につかんだ佐藤は、さらに、「いま、世の中では土井たか子さんや佐高さんは“左派”と見られていますが、一昔前の社会主義協会の感覚から見ると、彼らは“右翼社民”ですよ」と断定して笑いを誘った。

高校時代はマルキスト
「死を覚えて」クリスチャンに

 では、なぜ佐藤はマルキストであることをやめてクリスチャンになったのか?

 早熟な佐藤がマルキストになったのは浦和高校生時代である。マルクスが「阿片」として斥ける宗教の神とはどんなものかに興味を持ったと述懐していたこともあるが、「佐高塾」では、自ら、それをこう解説している。

 「社会主義運動や政治運動は基本的に“目に見える世界”のことを考える。しかし、キリスト教に触れて、人間には確実に“目に見えない世界”があるんだなと、そういう思いを持つようになったんですね。ですから京都学派の哲学者の田辺元が晩年に書いた『メメント‐モリ』を読んだ。これはラテン語で『死を覚えよ』という意味です」

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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