自身が創り、育てた1兆円企業をソフトバンクに売却し、その後、米携帯電話3位のスプリントのCEOに就任。孫正義・ソフトバンク社長の命を受け、スプリントの再建に取り組むマルセロ・クラウレCEOが、「週刊ダイヤモンド」1月24日号特集「孫正義 世界を買う」で国内メディアの取材に初めて答えた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 深澤 献)

僕はなぜ自分の1兆円企業を売って<br />孫正義の下で働くことにしたのかMarcelo Claure/1970年、ボリビア・ラパス出身。米国の大学卒業後、ボリビアサッカー協会に参加。携帯電話卸売会社ブライトスターを起業し、1兆円企業に育てるも、2013年10月にソフトバンクに売却。その後、14年8月に米携帯電話3i位のスプリントのCEOに就任。
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──ブライトスターをゼロから世界一に育て上げながら、それを孫社長に売ってしまい、さらにスプリントのCEOという全く別の職に就いた。そこに至る経緯を教えてほしい。

 マサ(孫社長)に初めて会ったのは2012年12月。そして、最初の大きなビジネスが決まったのが12年12月12日という特別な日だった。

 マサのことは以前から知っていて、「マサとあなたはよく似ているから、ぜひ会うべきだ」と言ってくれる人もいた。だから、出張でアジアに行くたびに、マサに会えるようアシスタントに調整を頼んでいたんだ。

 ある日、中国で開かれる世界経済フォーラムでスピーチをすることになり、その際にマサが会ってくれるとの連絡を受けた。面会は10時からなので、朝5時に日本に着いた。翌日は中国でスピーチだから、12時には発つつもりだった。

 ただ、会う直前になってソフトバンクの人に「マサは忙しいので時間は15分だ。あいさつだけにして、くれぐれも新しいアイディアを彼の頭に入れないでくれ」と釘を刺された。

 こっちは25時間かけてマイアミから飛んできたのに、そんなのクレイジーだ。口では「OK」と言ったが、それはできない相談だ。僕はマサに何かを売るつもりでいた。

 マサに会い、ブライトスターの紹介と、急成長している「バイバック・トレーディング(中古端末の買い取り)」のビジネスを説明した。お客との契約が終了したら、端末を買い取ってやり、その売却代金でお客は新しい端末を買うというものだ。

 それを聞いたマサの目が輝いた。そして「僕のところでもやってくれないか」と言われた。もちろん! だからここまで飛んできたんだ。

 さらにマサは、「5日でサービスを開始したい、今日契約しよう」と言う。AT&Tでは開始まで9カ月、ベライゾンでは6カ月かかったから、5日と いうのはとんでもない最速記録なのだが、「契約完了するまでオフィスを出るな」と迫る。僕が「中国でスピーチがあるんだ」と言っても、「駄目だ、俺と一緒にいろ」と。