「この8月を、日本を考える一ヵ月にしていただきたい」

 公示日直前、党首討論の席上などで、麻生首相は繰り返しこう語っていた。

 8月6日の広島、9日の長崎の原爆、15日の終戦記念日――。

 確かに、60年以上前の悲惨な戦争の歴史を思い起こし、家族や国家のために犠牲になった多くの日本人への追悼の季節にしたい、という麻生首相の提案は頷ける。

 終戦記念日直前、靖国神社参拝の是非を問われて、麻生首相はこうも語っていた。

 「靖国神社参拝や戦没者への慰霊は、もっとも政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきものだ」

 一見するとそうかなぁ、とも思う。だが、果たして、本当にそうなのだろうか。

 いわゆるA級戦犯合祀の発覚以降、四半世紀の間、その問題を放置し続けてきたのはほかならぬ自民党政権であった。靖国神社などに絡む議論を一宗教法人の問題だと片付けて、事実上封印してきたのは時の政府である。

 今回の麻生首相の言葉からも、歴代の首相がそうであったように靖国問題を争点化したくないという思惑しか感じられない。選挙が近いからといって、国民・国家の根幹の問題に、都合よく蓋をするのは到底看過できない。

 今年の終戦記念日に靖国神社を参拝した首相経験者は、小泉純一郎と安倍晋三のみである。そもそも日本遺族会は、終戦記念日の首相の参拝を求めてきたわけではなく、春秋の例大祭での参拝を望みつづけてきた。

 だが、ここではそのことは置いておこう。日本遺族会の方針が、内閣総理大臣の英霊への顕彰であることは間違いなく、時期の差異はそれほど問題視していないからだ。

 むしろ、遺族会が警戒しているのは、鳩山由紀夫民主党代表が語るある提言である。