製造業を取り巻く環境は、急激に変化している。過去10年間で各国の生産コストが変化し、製造業の生産拠点の勢力図は塗り替わった。新たな技術やプレーヤーも登場し、競争は厳しさを増している。世界の製造業の現状と、その変化にいかに向き合うべきかについて、ボストン コンサルティング グループのハル・サーキン氏に伺う。

製造業が注目するコスト以外の要件

編集部(以下色文字):製造業の生産拠点の勢力図が塗り替わっています。企業が生産拠点を選ぶ際に、生産コスト以外にも目を向け始めているのでしょうか。

ハル・サーキン
BCGシカゴ・オフィス シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。ペンシルバニア大学経済学部卒業。シカゴ大学経営学修士(MBA)。30年以上に及ぶBCGでのコンサルティング経験を有し、BCGオペレーション グループのグローバル・リーダーを務めた。BCGレポート 「メード・イン・アメリカ 再び」シリーズ筆頭著者。

サーキン(以下略):そうです、コスト以外も重視されるようになっています。10年前に中国が台頭し始め、世界の生産拠点として他国を圧倒しました。当時は、コストが低ければ、競争を制することが出来ると考えられており、誰もが生産拠点を中国に置こうとしました。結果、中国は「世界の工場」と呼ばれるまでになったのです。

 しかし、低かったはずのコストが上昇するにつれ、中国で生産する魅力が失われてきました。生産拠点は中国以外の低コスト国に向かい、アフリカへ移す企業も出てきました。ただ、それとともに、企業が生産拠点に求める要件にも変化が見え始めたのです。それは「ビジネス環境の安定」です。

 企業は、中国で低コストの恩恵を受けつつも、負の側面も経験しました。知的財産権保護の問題、従業員の暴動がその一例です。そのような国では、安定して生産を継続することが難しくもあります。そこで、企業は生産拠点の最適配置について再考するようになりました。特にアメリカは、人件費とエネルギーコストの競争力が増したことで、中国との生産コストの差がかなり縮まっています。また雇用の柔軟性が非常に高いです。こうしたことから、先進国、なかでもアメリカに生産拠点を回帰させる動きが見え始めたのです。

 たとえば、ある企業の工場がシカゴにあったとしましょう。これを中国の重慶に移そうという判断が下された時、シカゴの工場は閉鎖しなければなりません。当然のことながら従業員を解雇する必要に迫られます。従業員の解雇は日本だけでなく、ヨーロッパ企業でも容易にできることではありません。しかし、比較的柔軟に対応できるのがアメリカなのです。そのため、アメリカに新たな生産拠点を建設する、という判断もしやすいのです。世界の景気が後退期から回復期に移っていく時、最も早く抜け出すのはアメリカですが、それは雇用の柔軟性の高さも一因でしょう。