遺伝子が自分の所有物ではない、と言われたら驚きませんか。でも、実際に約2年前まで、米国では私たちの体から切り出された遺伝子の約20%について、民間企業や政府、個人に特許が認められていたのです。これには反対派も多く、遺伝子の所有権に対しては激しい論争が続いていました。今回は、こうした遺伝子の所有を巡る議論について紹介します。
米国の論争の話を始める前に、「遺伝子」の意味を確認し、なぜ米国で遺伝子の所有権が問題になっていたのか簡単に歴史を振り返っておきましょう。
ゲノム、DNA、染色体、遺伝子
…その違いがわかる?
非常に混乱しやすいのですが、「DNA(Deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)」と「遺伝子」は、同じものを意味する言葉ではありません。「遺伝子」はDNAの一部(数%)であり、髪や目の色や背の高さといった、ヒトの設計図となる遺伝情報が書かれた領域です。DNAの遺伝子以外の部分は、以前は無駄なDNA(=ジャンクDNA)と考えられていましたが、最近、 遺伝子を調整するなどの役割があることがわかってきました。そこで、遺伝子と遺伝子以外の部分を含めた遺伝情報全体を「ゲノム」と呼びます。
「ゲノム」の遺伝情報を伝える物質が「DNA」です。「DNA」は、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の塩基でできています。AとT、GとCは対に結合して、はしごをひねったような4重らせん構造を作っています。そして、核の中にある「染色体」の中に、細かく折りたたまれて入っています。私たちヒトの細胞の核の中にある染色体は46本です。この染色体は、父親から23本、母親から23本もらいます。こうして私たちの大切な遺伝情報は、親から子どもに伝わります。
このようにヒトのゲノムの全塩基配列を解析し、どこにどんな遺伝情報が組み込まれているか明らかにするプロジェクトが、よく知られている「ヒトゲノム計画(Human Genome Project)」でした。米国、英国、日本、フランス、ドイツの国際間協力によって1990年から始まり、2003年に完了しました。この計画で、約30億塩基対からなるゲノム情報の解読が終了されたのです。
といっても塩基配列が分かったということであって、そこに書かれている暗号が解読されたわけではありません。そこで、ポストゲノム時代は、重要な遺伝子を特定し、その遺伝子の機能の解明、さらに個人による塩基配列の差異の発見や遺伝子以外の役割など、様々な研究が始まっています。
このヒトゲノム計画がほぼ終了したと発表された2000年6月時点で、米国ではすでに、民間と公共団体による遺伝子の特許申請が殺到していました。ヒト遺伝子の総数は約3万と推定されていますが、そのうちの約20%について、民間企業や政府、個人に特許が下されたと推定されています。
こうした動きについて、米国医師会(American Medical Association)などの組織や多くの科学者が、遺伝病の研究や患者さんの遺伝子検査へのアクセスを妨害する可能性があるとして、反対の姿勢を示しました。その後、特許を支持する派と、支持しない派の論争が過熱しました。
http://www.ama-assn.org/ama/pub/physician-resources/medical-science/genetics-molecular-medicine/related-policy-topics/gene-patenting.page?