「果たして双子は、『クローン』と呼べるほど『同じ』なんだろうか?」
体重差が27キロある双子、一方だけが乳癌になった双子、ゲイとストレートの双子……。自然界のクローンとも言われるほど「同じ遺伝子」を持ちながら、「まったく違う」双子の存在は、遺伝子だけでは説明できない何かの存在を教えてくれる。
双子と遺伝子の関係に注目し、新しい遺伝学「エピジェネティクス」をリードするのが、遺伝疫学の権威ティム・スペクター氏だ。『双子の遺伝子』を刊行し、「遺伝子は生まれた後も変えられる」と主張するスペクター氏に、その真意と根拠を聞く特別インタビュー。(全2回/聞き手・写真:大野和基)
アンジェリーナ・ジョリーと遺伝子検査
――病はどこまで予測できるか?
――遺伝子検査を宣伝している会社がますます増えてきましたが、どう思いますか。
ロンドン大学キングス・カレッジの遺伝疫学教授で、ガイズ・アンド・セントトーマス病院の名誉顧問医を務める。同病院の双子児研究所の所長も務めており、1992年に英国で世界最大規模の双子研究(UK・ツイン・レジストリ)を立ち上げ、現在にいたるまで指揮している。この研究の対象となった双子は、11,000人を超える。これまでに500本以上の論文を発表し、数々の賞を受賞。また、英国並びに日本も含む世界各国のメディアが著者らの研究を取り上げており、著者自身も出演、及び監修を務めている。 著書に『双子の遺伝子』(ダイヤモンド社)、『99%は遺伝子でわかる!』(大和書房)がある。
どういう運動に向いているとかオリンピック選手になれるかどうか、チェス・マスターになれるかどうかを知るために、子どもに遺伝子検査をしましょう、と宣伝していますが、それはあくまでも「ビジネス」であり、ほとんどの場合、役に立たない予測因子です。今の科学では約5%の変則がわかるだけ。遺伝子検査でわかるのは先祖、つまり自分がヨーロッパから来たとか、アジアから来たとかそういうことです。もちろん目の色とか髪の毛の色などはわかりますが、それは遺伝子検査をしなくてもわかります。それ以外の検査はほとんどがお金の無駄です。娯楽で遺伝子検査をするなら話は別ですが。
一卵性双生児の研究でわかったのは、特定の病気の罹患率が30%しか共通項がないことです。これだけでも今の遺伝子検査の限界がわかるでしょう。もっと重要なことは、環境やライフスタイルによって影響を受けるということです。ただし、遺伝子検査の中にはどういう薬が効きやすいか調べられるものがありますが、それはかなり正確です。
身長、体重、糖尿病などのようなものは何千もの遺伝子が少しずつ微妙に影響し合って、そういう性質を形成しているのです。どんなにいい検査でもそれをすべて検査することは難しい。将来も正確に検査できることはないでしょう。
こういう面で役立つのがエピジェネティクスです。女優のアンジェリーナ・ジョリーが乳がんの遺伝子検査をしてBRCA1という遺伝子変異があることがわかり、60%の確率で乳がんになるという査定が出ました。彼女はリスクを取りたくないと思い、乳房を予防的切除しました。一卵性双生児の研究でわかったのは、BRCA1の遺伝子変異がある場合、どちらかの1人だけが乳がんになり、もう1人はならないということがかなり多いということです。ここから、遺伝子のスイッチがオンになったり、オフになったりすることで、BRCA1の遺伝子が発現(=乳がんを発症した)することがわかります。
ハンチントン病のようにたった1つの遺伝子変異で発病する場合もありますが、心臓病、糖尿病、がんなどほとんどの病気では多くの遺伝子といろいろな要素の働きによって生じます。がんでさえも遺伝であるとは言えません。背痛は乳がんの3倍も遺伝の影響を受けることがわかっています。
ですから重要なことは、遺伝子検査の限界を知ることにほかなりません。あまり期待しないことです。次の世代では、生まれたときに遺伝子検査をされるのが普通になっているでしょう。今でも100ドルで遺伝子解析ができますので、それが意味することを理解しておくことは重要です。誰もが安く検査できる時代なので、基礎的なことを理解しておくことは、ますます重要になります。
これは余談ですが、私がインタビューした医師たちよりも、タクシー運転手のほうが遺伝子に関して知識がありました。ロンドンのタクシー運転手には教養がある人が多いんです。