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黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

「負け組酒場」に集う高学歴ダメ社員の
屈折した自尊心(下)

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第6回】 2015年3月10日
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>>前編「『負け組酒場』に集う高学歴ダメ社員の屈折した自尊心(上)」から続く

 カウンターにA大学出身の会社員が座ると、挑発する。

 「まだ課長? もう20年だね……」「年収いくら? 1000万円にもなっていないの? かわいそうだよね。悪いけど、俺はその3倍よ」

 満たされない自分の過去を唯一癒すことができるのが、この瞬間なのだろう。
しかしもう、この声を聞くことはできない。昨夏「スナックM」はひっそりと閉店した。常連客に知らせることもなかった。壁に「長い間、ありがとうございました」とだけ、紙切れが貼ってあった。

リーマンショックでお客が激減
ひっそり消えた「負け組御用達スナック」

 ここ5年ほどは、マスターのビジネスモデルにきしみが生じていた。2008年秋にリーマンショックがあった。会社員もまた、厳しい生活を強いられるようになった。店の近くにある大手企業やその関連会社の社員が訪れる機会が大幅に減ったことが、致命傷となった。これらの会社の社員たちが、マスターいわく「ドル箱」だった。会社のそばにわざわざ十数年前、店を移転させたほどである。

 ところがこの会社は、ここ10年ほどは経営陣や社員らの不祥事で大幅に業績が悪化し、経費削減の方針を打ち出していた。その上リーマンショックである。2009年頃を境に、高学歴で行き詰まった社員たちは「スナックM」を訪れることが少なくなった。2008年までは、客は1日平均で30人を超えていたようだが、ここ数年は数人にまで落ち込んでいたという。忘年会や人事異動の際の歓送迎会も、年に数回になった。

 これでは、20万円近い家賃を払うことはできない。そこで夫婦はランチを始めた。900円のハンバーグ定食だった。だが、スナックがランチを始めたところで、客はなかなか増えない。客は1日に多くとも10人ほどだったようだ。なによりも、マスターのプライドが許さなかった。

 「ここは、めし屋じゃない。ランチでは会社員とおしゃべりができない」

 この“おしゃべり”が怖いところなのだが、長い間高学歴で行き詰まった社員たちの「憩いの場」であったことは事実である。彼らにとって、「大学受験時の輝いていた自分を取り戻すことができる空間」だったことも、否定できない。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

 ここ10数年の間に社会環境が大きく変わり、人々のホンネとタテマエに対する価値観が揺らぎ始めている。それを具現化しているのが、今の企業の職場ではないだろうか。これまでは、ホンネとタテマエが絶妙にバランスしながら、人間関係が維持されてきた。しかし、企業社会において生き残り競争が激化し、「他人より自分」と考えるビジネスパーソンが増えるにつれ、タテマエを駆使して周囲を蹴落とそうとする社員が増えている。

 誰もが周囲を慮らなくなり、悪質なタテマエに満ち溢れた職場の行きつく先は、まさしく人外魔境。そこで働く社員たちは、原因不明の閉塞感や違和感、やるせなさに苛まれながら、迷える仔羊さながらに、次第に身心を蝕まれて行く。この連載では、そうした職場を「黒い職場」と位置づけ、筆者がここ数年間にわたって数々のビジネスパーソンを取材し、知り得たエピソードを基に教訓を問いかけたい。

「黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史」

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