生まれる前の赤ちゃんの遺伝子を操作することも技術的には可能になってきました。より知性が高い、あるいは目の色が茶ではなく黒い、といった親の要望に即した子どもを生み出すわけです。しかしそうした科学技術の発展は行きすぎると、優良な子孫のみを残そうとする「優生政策」につながります。技術の進展状況とそれに伴う科学者たちの競争や戸惑いを追いました。

 赤ちゃんの遺伝子を操作することへの賛否について一般に尋ねた、興味深いデータがあります。

 以下は、成人米国人を対象とした米国ピュー研究所の調査結果です。赤ちゃんの遺伝子操作を行う目的として、1)知性のある子どもを作るため、2)深刻な病気のリスクを減らすため、という2つのケースについて賛成か反対か聞きました。

1)知性のある子どもを作るため:賛成15%、反対83%
2)深刻な病気のリスクを減らすため:賛成46%、反対50%

 みなさんはいかが思われるでしょうか? 上記結果を見ると、意外と賛成派が多いように感じられます。

http://www.pewinternet.org/2015/01/29/chapter-3-attitudes-and-beliefs-on-science-and-technology-topics/

 科学技術の進歩によって、こうした議論が盛んになってきています。そこでこの連載最終回では、最近注目のCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)と呼ばれる遺伝子改変技術について取り上げます。細菌独自の免疫機構を利用したCRISPR-Cas9システムの、Cas9と呼ばれる蛋白がRNAに導かれてDNAを切断する特徴を利用した技術です。

 従来の技術に比べてはるかに迅速に効率よく、遺伝子のDNA配列の好きな場所を改変できるようになりました。すでに、培養細胞やマウスなどの動物モデルを利用した研究において遺伝子改変に成功しており、今後、遺伝性疾患の根本的な原因の治療など、私たち人間への臨床応用が期待されています。

 CRISPR-Cas9システムの研究の第一人者である、カリフォルニア大学バークレー校(University of California,Berkeley)のジェニファー・ドードナ博士のチームが、2012年にサイエンス誌に論文を発表した後、世界中の科学者が植物、動物およびヒトの細胞を用いて、鎌状赤血球貧血およびがんの治療法を研究しています。国立医学図書館によると、2014年のCRISPRに関する論文の数は2年前と比べて4倍以上に増えていました。

 このCRISPR-Cas9の技術の特許には数十億ドル以上の価値があり、発見者のノーベル賞授与は間違いないと言われています。現在、その改変技術の特許をめぐっては、カリフォルニア大学バークレー校とマサチューセッツ工科大学(以下MIT:Massachusetts Institute of Technology)の研究者間の戦いが始まっています。