スマートモビリティは2030年に約390兆円の市場規模に
――そもそもスマートモビリティとは、どのような概念なのでしょうか。
矢澤 スマートモビリティは一般的に「自動運転やIoTを活用したセンサーなど、交通・移動を変える新たなテクノロジー」の総称で、社会全体が抱える大気汚染、騒音や振動、交通弱者の保護などの課題を、都市の構成に不可欠なインフラである交通システムのスマート化により解決を目指すものといえます。
川原 ハードウェア主体からソフトウェア主体へと、クルマづくりの常識が大きく転換しており、米国や中国での新しいプレーヤーの動きをはじめとして世界のスマートモビリティ市場が大きく変わろうとしています。
スマートモビリティが目指す社会に向けて、DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)という二つの変革が必要とされており、安全で便利でワクワクすると同時に、環境にも優しいクルマやサービスを次々と生み出していくことが求められています。それに伴い先進プレーヤーは、これを可能とする構造になってきています。
矢澤 そんなスマートモビリティを生み出すため、米国や中国では、ハードウェアを開発する企業とソフトウェアを開発する企業、さらには新しい機能やサービスを提供するさまざまな産業が一体となって、DXとGXという二つの課題を同時に解決できる技術やソリューションの開発を進めています。
残念ながら日本では、ハードウェアを開発する企業とソフトウェアを開発する企業がバラバラで、産業間連携もあまり進んでいません。これが、世界のスマートモビリティ市場で日本が存在感を発揮できていない大きな理由だと考えられます。

PwCコンサルティング
スマートモビリティ総合研究所
所長
――スマートモビリティ市場は世界全体でどれくらいの規模があり、今後どれほど成長が見込まれているのでしょうか。
矢澤 当研究所の調べでは、2023年時点の世界のスマートモビリティの市場規模は約130兆円であり、これが30年には3倍の約390兆円になると予測しています(図1)。

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この急速な市場成長を絶好の機会と捉え、シェアを奪っていけるかどうかに日本のスマートモビリティ産業の将来が懸かっています。
プレーヤー同士の連携を促す「産業アーキテクチャ」をデザイン
――では、日本のスマートモビリティ産業は、どうすれば世界と戦えるようになるでしょうか。
川原 まずは、個別最適化されたモノづくりやサービス開発から脱却し、企業内連携、企業間連携、産業間連携の全てを加速させて、全体最適化に近づけたスマートモビリティの産業構造を目指すべきです。
米国や中国などの先進企業は、ハードウェアでもソフトウェアでも、新しいレイヤー構造をつくり、特定レイヤーで「レイヤーマスター」として「プラットフォーム」の機能を提供しています。例えば、コンピューティングハードウェアや車載OS、自動運転ソフトウェアといった領域でレイヤーマスターが台頭する構図が生まれています。
新しいクルマやサービスをつくるときには、こうしたレイヤーマスターのプラットフォーム機能、ここには実装される機能だけではなく開発環境も含みますが、そうしたものを利用すればいいので、開発効率が格段に高まります。また、さまざまな機能やサービスの組み合わせによって、これまでにない付加価値の高い製品やサービスを生み出すことができれば、自社の独自技術やサービスと組み合わせることで、他にまねのできない顧客体験をつくり上げることも可能となるわけです。
自社の技術が市場から高く評価され浸透が見込まれれば、それをデファクトスタンダードとし、新たなレイヤーマスターとしてプラットフォーマーとなることも可能です。

PwCコンサルティング
スマートモビリティ総合研究所
副所長
――プラットフォームを通じて企業間連携や産業間連携がスムーズに行われ、革新的なスマートモビリティが次々と生み出される構造ができつつあるのですね。
川原 それに対し日本では、例えば車載OSや自動運転ソフトウェアにおいて、まだ特定のプラットフォーマーのものを共通で使うような構造になっていません。特定メーカーの特定のクルマに特化したシステムなので、必ずしも差別化のために不可欠な領域ではない機能においても、メーカーやクルマで個別最適の傾向が強くなっています。これでは規模を拡大できず、開発投資の回収も難しくなり、ビジネスとしての持続性も低くなります。また、開発に割けるリソースは限定的となり、プロセスも複雑化することから、開発スピードそのものも遅くなります。これではグローバル市場での競争に勝てるかどうか疑問です。
――企業間連携や産業間連携を加速させるための方法はありますか。
矢澤 私たちスマートモビリティ総合研究所が提唱しているのは、第一に産業横断で物事を考えること。第二に個々の機能やサービスの開発に没頭するのではなく、統合的に物事を捉えることです。そのためのたたき台として私たちが描き出そうとしているのが、スマートモビリティの「産業アーキテクチャ」です。
――産業アーキテクチャとは、具体的にどのようなものでしょうか。
川原 ひと言で言えば、スマートモビリティ市場における産業間の関係や、機能・サービスごとの関係を構造的に見るための俯瞰図です(図2)。

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従来型のクルマづくりとは違い、スマートモビリティ社会や産業には、クルマ以外を含むさまざまな産業が関与します。例えば「In-Car」領域では、SDV化に伴い車載OSやコンピューティングハードウェアにおいて、プラットフォーム機能を提供するレイヤーマスターの出現が現実化しており、スマートフォンの産業構造に近づきつつあります。個社個別に最適化を目指す戦略ではなく、こうしたプラットフォーム機能をいかに有効に活用するか、あるいはプラットフォーム機能やその一部をいかに担うかが勝敗を左右するようになります。
「Out-Car」領域においても、ライドヘイリング、ロボタクシー、エネルギーマネジメントなどさまざまなサービスが開発されつつあり、他者のデータと連携して必要な機能を備えるためのプラットフォーム機能の重要性が高まってきています。こうした新しい価値提供の「ミッション」を実現するための機能の構造もまた、個別最適化しがちなため、多様なサービスに共通する汎用機能を横串で標準プラットフォーム化し、サービスが次々と開発され高度化されるような構造を目指すべきです。
つまり、サービスや製品が価値提供しようとしている「ミッション」を実現するための機能の組み合わせ、「ミッションアーキテクチャ」を横断で捉えて、それを支える機能の「ファンクションアーキテクチャ」を構想・設計することで、効率的な競争力向上を図る必要があると考えます。
また、このように俯瞰的に描いた産業アーキテクチャの在り方を皆で検討し広く共有して、機能やサービスの開発につなげることで、各社や各事業の戦略の具体性とスピードが上がると思っています。提携や分担・共創、オペレーションの高度化も進み、産業全体としての競争力につながりやすくなるはずです(図3)。

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四つの機能でスマートモビリティ産業の発展に貢献する
――どの産業とどの産業の組み合わせによって、新しい機能やサービスが提供できるのかというマッチングの解像度も上がるわけですね。
矢澤 その通りです。PwCコンサルティングでは、自動車産業に特化したチームを10年ほど前に立ち上げ、業界に関する深い知見や洞察を持ったコンサルティング人材を多数輩出してきました。スマートモビリティ総合研究所では、そうした知見や洞察に基づいてスマートモビリティの産業アーキテクチャを描き出しています。
――スマートモビリティ総合研究所は25年2月に新設されたそうですが、どのような組織なのか教えていただけますか。
矢澤 当社は3年ほど前からスマートモビリティをキーワードにさまざまな取り組みを進めており、その取り組みを強化する目的でスマートモビリティ総合研究所を設立しました。
モビリティ社会システムに関わるステークホルダーの、企業内連携、企業間連携、産業間連携を加速させることを設立の目的としており、モビリティの動向や関連データを発信することで、ステークホルダーの認識の共通化を後押しするとともに、コミュニティ形成のためのリアルな場を提供し、モビリティ領域における価値創造の機会創出を目指しています。
――具体的には、どんな取り組みを行っていくのでしょうか。
矢澤 スマートモビリティ総合研究所の機能は、主に四つあります(図4)。一つ目はアーキテクチャデザイン。つまり、ここまで述べてきたスマートモビリティの産業アーキテクチャづくりです。

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先ほども述べたように、当社のコンサルタントがその中核を担いますが、他にも外部の専門家や、各産業界のエキスパートの方々にもご参加いただき、スマートモビリティ領域の課題を洗い出しつつ、あるべき姿やその実現に関わるステークホルダーのデータを整理し、スマートモビリティ領域の将来像を描き出します。
二つ目の機能は、Community hubです。これは、モビリティ業界に影響力を持つ企業による展示や、PwC Japanグループのソリューションの紹介展示、企業・官公庁を巻き込んだワークショップやセミナー、重要なプレーヤー同士の関係構築やマッチングなどを行うためのリアルな拠点です。具体的な場所は未定ですが、東京都内に設ける予定です。
三つ目の機能は、情報発信です。シンクタンクとしての研究成果や調査レポートに関する報告を行うほか、国、自治体、企業の皆さんにもご登壇いただくセミナーなどを開催します。四つ目は、これらの三つの機能を支えるモビリティ統合データ基盤です。統合的な産業アーキテクチャを描き出していく上で、データは不可欠です。概念的なアーキテクチャに実際のデータを組み入れることで、産業間の関係性の解像度を上げていきます。
――最後に、スマートモビリティ総合研究所のビジョンについて聞かせてください。
矢澤 当研究所は「モビリティ産業のつながりと共創を生み出し、信頼されるハブとなる」ことをビジョンに掲げています。私たちがコミュニティの仲介役となり、企業内連携や企業間連携、産業間連携を促すことで、日本のスマートモビリティ産業の発展に貢献していきたいと考えています。どうぞご期待ください。
PwCコンサルティング合同会社
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