携帯電話の画面に貼るフィルムで大ヒット商品を連発しているサンクレスト。大阪のよくある中小企業だ。女子高生たちに「おっちゃんキモい」と言われながら、リサーチし続けるなど、創業社長の熱意はハンパない。

特異なビジネス感覚を育んだ
「家庭の事情」

 大企業の下請けが集まる街・東大阪市に本拠を置くサンクレストは、社員数25名、売り上げ約10億円の、規模としてはよくある中堅企業だ。だが「フルラウンドフィルム」のほか、携帯電話ののぞき見防止フィルム「メールブロック」や、画面割れを防ぐ「衝撃自己吸収フィルム」など、携帯電話アクセサリーの市場に新規性が高い商品を次々投入し、開発力が高い企業としてたびたび注目を集めてきた。

女子高生にキモがられての市場調査 <br />携帯グッズでヒット連発社長の熱血人生<br />サンクレストのヒット商品の1つであるiPhone6向け「フルラウンドフィルム」。フィルムに衝撃吸収剤が加えられているほか、液晶画面が全面保護される形状となっている。

 それだけでなく、大手と提携を結んでディズニーやサンリオのキャラクターとコラボしたスマートフォンケースを出し、さらには社長が東久邇宮文化褒章などを受賞、明治大学リバティーアカデミーで講師を務めるなど、規模に見合わぬ知名度を誇っている。

 経営者の名は植田実。彼は粋な自己紹介をする。「生まれ落ちたら、父親が板金をプレスする音が一日中ガチャーン、ガチャーンと聞こえるような家だったんですよ」。この生育環境が、彼の独特な世界観を養った。

「若いうちは、つらいことが多かったですよ。薬剤師を目指して難関大学の入試にパスしたと思ったら、オイルショックの大不況が来たんです。父に『入学金出されへん』と言われ、そのまま実家の工場で父の手伝いをすることになりました。月給3万円だけもらって、夏は40℃を超えるようなトタン屋根の下で一日中働きましたよ(笑)。土日は朝の暗いうちから競馬場でバイト。ここで月6万稼いで、1000万円貯まったら起業するんやと、それだけが私の希望でした。冬の土曜日の朝、まだ真っ暗な駅で、スキーに行く同級生たちと会ったときはつらかったなぁ」

 大阪には「浪花節」の文化がある。つらい経験を重ねた人間は、人の気持ちがよくわかる人間になるのかもしれない。

「ただ、私が尊敬する人物は、貧乏な父親なんです。父は精神疾患を抱えて入退院を繰り返していたんですが、優しい人間でね。いとこが子どもを産んだんやけど、産婦人科に払うお金がなくて病院から出られへんかったときには、家の全財産が30万円しかないのに、20万円包んで持って行ってしまうような人間でした。優しすぎて、いろいろと心を痛めすぎたのかな……と、亡くなったいまも尊敬しています」

 1980年代半ば、競馬場で働いてお金を貯めた彼に、突然、ビジネスチャンスが訪れた。親戚から「子どもがファミコンばかりやっていて眼がつらそうな仕草をする」と聞き、植田は眼に有害な光が何かを調べ、これを遮る色のアクリル板を安く買ってきて、甥の古いテレビにガムテープで貼り付けたのだ。すると、症状が劇的に緩和した。彼は「これで貯金を元手に商売でけへんか?」と思い、ダメもとで大手のアクリル板メーカーを訪ねた。

 植田は笑って言う。「着想を盗まれたら終わりでしたが、『どうかお願いします。ボクはこのビジネスに人生を賭けているんです』と言うと、大手の社員さんは『紫外線吸収剤を入れたらどうですか』などとアドバイスをくれた上、小ロットで購入できるように、商社まで紹介してくれたんです」