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日本の神さまと 上手に暮らす法 ― 神さまのいる毎日を過ごしませんか?
【第14回】 2015年7月23日
著者・コラム紹介バックナンバー
中村真

神社に行ったら
近くの温泉で土地のパワーをもらおう

通算参拝数1万回の「日本の神さまと上手に暮らす法」の著者・尾道自由大学校長・中村真氏が「神さまのいるライフスタイル」を提案します! 日本の神さまを意識することで、心が整い、毎日が充実する。そして、神社巡りは本来のあなたに出会える素晴らしい旅だと伝えてくれます。
今回は、神さまと出会う旅で僕が大切にしていることをお伝えします。旅の中で楽しむ、食事や温泉は実は神さまとつながっています。これからはぜひ意識して、旅行を楽しんでみてください。

食と温泉で「土地そのもの」を感じる

 前回、「観光」の由来は、神さまを訪れる旅であるとお伝えしました。
 ここでお伝えしたいのは、神さまに出会う旅をするなら、目当ての神社の歴史について、簡単でもいいから調べて行きましょうということ。

 「出雲大社は縁結び」とか「伊勢神宮はパワースポット」といったシンプルな興味でもいいのですが、もっと神さまと仲良くしたいなら、どんな歴史をもつ神社で、どんな神さまが祀られていて、なぜそのようなご利益をもつといわれるようになったのかだけでも、知っておくとずいぶん違います。

 神さまと出会う旅は、一人旅でもよし、気の合う友だちや仲間と行くのもよし。
一人であれば神さまと一対一で向き合い、素の自分と出会えます。
 友だち同士やグループであっても、神さまと会うときは究極的には一人だと思いますが、食事をしたり、道中語らったり、旅のプロセスの楽しみはひろがります。

 どちらでもかまいません。そのときの気持ちに従って計画しましょう。

 神さまと出会う旅で、僕が必ず旅程に組み込むのが温泉
 日本の素晴らしいところは、たいていの土地に温泉があること。お湯を楽しむ文化は、ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』で一躍有名になった古代ローマ帝国、今でも中央ヨーロッパの湯治の名所として知られるハンガリー、庶民のいこいの場として根づいている台湾など世界各国にありますが、日本人だからか、日本の温泉は格別だと感じます。

 僕のおすすめは、まず温泉で身を清めてからお参りをすること。大きな神社では、儀式に入る前の神主さんたちは、しっかりと禊をします。滝があれば打たれて〈滝行〉をする、冷水を浴びるという〈水垢離〉をする。〈潔斎〉といって、飲食を断ち、沐浴して身を清めてから神事にとりかかる神社もたくさんあります。

これのカジュアルバージョンとして、僕は温泉につかるのです。

 「温泉につかるなんて、滝行や水垢離と比べれば、ずいぶんお気楽」
 こんなふうに感じるかもしれませんが、温泉は地球から出ている土地のエネルギーそのもの。その土地のエネルギーにふんだんに包み込まれ、清い体になってから、その土地の神さまに会いに行くのは、むしろ自然なことのように感じています。

神さまは神社だけにいるわけではない。その土地を守る大きな存在の代表格のような神さまが神社にいますが、木々にも空にも、その土地そのものにも、神さまはいるように思うのです。なぜなら、日本の信仰はすべて、自然崇拝のなかで育まれてきたのですから。そうであれば温泉もまた、神さまの恵みであり、神さまが宿る場所ではないでしょうか。

 たとえば出雲大社なら、バスで参道まで直行するより、前泊して玉造温泉につかってから行きたい。伊勢神宮も少し離れれば温泉地があります。

温泉と並んで僕が食事も大切にしているのは、その土地のエネルギーをいただきたいからです。できればどこにでもあるチェーン店で食べるのではなく、その土地のものを。出雲大社であれば名物の出雲そばを食べながら、このそばを生み出した出雲の土地の恵みに感謝します。伊勢神宮の名物、伊勢うどんの由来は諸説ありますが、お伊勢参りをした江戸時代の人たちも食べていたうどんです。

こうした名物でなくても、地のものを味わうと、恵みを文字通り体感できます。また、地元の人と話すことも、その土地を知るきっかけとなるでしょう。

 私は秋に、高知県の四万十川の支流から出ている川に行きました。黒尊渓谷の奥の奥にある、黒尊神社にお参りするための旅。熊野神社の流れを汲むこの神社には黒尊大明神という神さまが祀られています。

 四万十川は「日本最後の清流」といわれていますが、黒尊川などの支流はそれ以上。ふれるだけできれいになれそうな、とびきりのきよらかさでした。
 細く清冽な流れが集まり、大いなる四万十川として大地を潤す。その四方を山が囲んでいて、聖なる場所だというのがそこに立っているだけで感じられます。

 水が豊かで栄養分がいいために、魚はもちろんのこと、天然の鰻や天然のツガニが生を営んでいます。旅のあいだ、僕は川のものばかりいただいていたのですが、どれもこれもおいしいものばかりでした。
 美しい清流でさっきまで生きていた命を、自分の命をつなぐために、獲り、料理をし、噛みしめて、味わって、いただく。自分が生かされていること、命をいただいていることがじんわりと体中にゆきわたるようで、「いただきます」と「ごちそうさま」にいつも以上の感謝がこもりました

 黒尊神社にお参りした際、誰もいない拝殿の扉が開いていたので、置いてあった箒(ほうき)で簡単なそうじをしました。すると、潜んでいたアシナガバチが二の腕をチクリ。
「さすが黒尊大明神のエネルギーは強烈だ。なにかをいただくときには痛みもともなうものだな」
 腫れた腕を押さえながら笑う僕に、友だちは「どれだけポジティブなんだ?」と呆れていましたが、実は本気です。こんな気持ちになれることも、土地の神さまの恵みだと思っています。

◆今回の気付き
その土地その土地のパワーをもらう

神さまと過ごす春夏秋冬

 神さまに出会う旅が好きになったら、春夏秋冬、それぞれの季節に会いに行ってみましょう。同じ神社に足を運べば、変化がくっきりと味わえます。山や林に囲まれた神社であれば、なおのことです。

 桜が美しい神社、紅葉が見事な神社は注目され、ライトアップが施されたりして見事です。それはそれで楽しいものですが、特別な見所がない神社もまた、すばらしい。あまり“観光ナイズ”されておらず、自然が自然のままに残っている神社は、そのままの四季が味わえます。

 春の訪れは街中でも感じられますが、みんな華やかな桜に見とれます。新緑の淡い緑の美しさをゆっくりと見つめる時間はなかなかとれないようです。神さまに会いに行く道すがらは、立ち止まることが許される貴重なひととき。春の緑を味わいましょう。足元にはスミレ、イヌフグリなど、つつましい野の草が新しい命を輝かせています。

 鳥の鳴き声が若いのも春らしさ。うぐいすの「ホーホケキョ」という鳴き声は、春先だと「ホーホケキュッ!」とか、「ホーホケ、キョ、キョ」とへたくそです。うぐいすの「ホーホケキョ」は、春になるとオスだけが発する求愛のさえずり。春は若い鳥たちが、初めての恋のために練習中というわけです。

 夏になると、若い緑が濃くなります。梅雨のあとで山の中の神社に行くとき、僕はちょっと怖くなります。いっぱいに生い茂る木々と、むっとする草の匂い。自然の力が強すぎて、圧倒される気がします。

 秋になると、美しいのは紅葉だけではありません。草木がだんだん枯れていく秋が、僕は一番好きです。
 山形県のお寺には、生きながらミイラになったお坊さん〈即身仏〉がたくさんお祀りされています。肉体を捨てて悟りをひらき、永遠の生命になるという仏教、主に密教の過酷な修行ですが、僕は「枯れていくこと」だと解釈しています。
 人間の体は、死んでそのままにしておけば、やがて腐っていきます。しかし即身仏になる昔のお坊さんは、まず穴のなかに入り、木の皮などを食べながら瞑想を始めます。最小限しか食べないので脂肪も筋肉もすっかり落ちていき、死を迎えるときには腐らない体になっています。
草木は枯れ、死んだように見えても動物よりずっと長い命をもっています。即身仏は腐るのではなく、枯れてなお何かを残していく意味があるのではないか。素人ながらそんなことを考えたりするのです。

 冬になると、山の中の神社は人を寄せつけず、立ち入ることができなくなります。生きているものは近づけない黄泉の国を、自然が表しているのかもしれません。山の中でなくとも、冬の神社の静けさは、ひとつのサイクルの終わりを味わえます。

春に生まれ、夏に盛りを迎え、秋に枯れ、冬に終わりを迎え、次の春の生にそなえる。
 四季とは命のいとなみそのもの
だと思います。
 自然崇拝の神社に春夏秋と行き、立ち寄れない冬に思いを馳せれば、僕たちも生まれて死んで、また次の命をつないでいく自然の一部だということを、感じることができるのではないでしょうか。

 自然を感じられる神社として僕が特に好きなのは、どちらも奈良県にある神社と神社。
 日本各地に「日本で一番古い神社はうちだ」という神社はたくさんありますが、大神神社もそのひとつ。拝殿はあるけれど本殿がないのは、「山そのものが本殿」という信仰によるもので、自然を感じるにはぴったりの神社と言えます。

 も一つは、天河神社。天河神社は正式な名前を天河大弁財天社といいます。神道の神さまであると仏教の仏さまである弁財天が一緒に祀られており、〈修験道〉の聖地ともされる個性的な神社で、近年はパワースポットとしても知られています。拝殿では神道の祝詞も、仏教の般若心経も唱えられています。

 この神社は川沿いに建てられており、「川を渡ると神域」という雰囲気が漂っています。小さいながら自然と信仰というものが色濃く残っている神社です。
「呼ばれた人しか行くことができない」と言われているのは、おそらく電車が通っていない山奥の集落にあるからでしょう。天川村は紀伊半島の真ん中に位置しますが、一番近い駅から出ているバスは一日数本。車で行くにしても、長時間、山道を走らなければなりません。大雨が降ると通行止めになることもしばしばという不便さも、まるで人の都合より自然の都合が優先されているかのようです。

 手つかずの自然が残っている和歌山県の熊野三山、海を感じる福岡県の宗像大社もすばらしいし、伊勢神宮や出雲大社は豊かな自然に人の手が適度に入っています。
 結局、好きなところだらけなのですが、それだけ日本という国が魅力に満ちているということでしょう。

 次回は、登拝や修験道といった神社信仰のなかでも、特に自然崇拝に近いお話しをしていきます。日本の豊かな自然を感じながら、神さまと出会ってみませんか。

◆今回の気付き
神社で四季を感じる

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中村真 [尾道自由大学校長/「神社学」教授]

尾道自由大学校長。「神社学」教授。1972年東京生まれ。学生時代より世界中を旅したことで日本の魅力に改めて気づき、温泉と神社を巡る日本一周を3度実行。日本の魅力を再発見していく中で、とことん神社に心を奪われる。これまでに参拝した回数は1万回以上。自由大学にて教鞭をとる「神社学」は、初心者にも「わかりやすい」「面白い」と好評で、毎回満員の人気授業となっている。2013年には「尾道自由大学」を開校し、校長に就任。また、雑誌「ecocolo」や書籍を発行する出版社の代表を務め、現在はイマジン株式会社代表として、五感に響く出版、イベント、広告などのプランニングや、社会貢献プログラムなど様々な活動を展開している。神社検索アプリ「THE神社」を企画・制作・運営するなど、神さまのいるライフスタイルを提案することで、生きる希望を広めることを使命としている。


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