いったい何が起きているのか?
国立大学への大臣通達に思わぬ波紋

下村文部科学大臣が国立大学法人の学長などに発出した組織・業務見直しの通知が、波紋を広げている。「文系学部軽視」という批判は、的を射ているのか?

 こんにちは、鈴木寛です。

 下村文部科学大臣が6月8日に国立大学法人の学長などに発出した組織・業務見直しの通知が、波紋を広げています。全10ページにわたる、多岐にわたる項目を含む通知文の一部に、「教員養成系と人文社会学系の学部・大学院について、18歳人口の減少や人材需要等を踏まえた組織見直しを計画し、社会的要請の高い分野へ積極的に取り組むこと」を求めた内容が含まれていたために、マスコミやそれを読んだ一部の大学関係者に「人文・社会科学系のいわゆる『文系』の学部はもう要らないのか? 」と、受け止められ、波紋を広げています。

 マスコミでも「大学を衰弱させる『文系廃止』通知の非」(日本経済新聞社説7月29日)、「文系男への逆風」(産経新聞産経抄7月20日)といったトーンで、報じられています。

 そもそもこの通知は、第三次中期目標・中期計画の策定にあたって、これまでのいくつかある規定路線を1つにまとめて、国立大学に対して確認的、事務的に通知する性格のもので、なにか新たな政策方針を打ち出すものではありません。ですから、文部科学省としては、特段、記者会見なども行っていませんし、省内で特別の会議を開いたわけでもなく、正直、予想外の報道ぶりと反響に、文部科学省内は大変困惑しているというのが実情です。

 こうした報道を受け、私も改めて担当者を呼びましたが、確かに、このような表現をすれば、粗探し、揚げ足取り、曲解報道が常の一部のマスコミにまんまとハメられるのは当たり前、このようなマスコミの対応にまで思いがいたらなかったことは、コミュニケーターとして、もっと勉強が必要だと注意しました。その点は、率直に反省すべきだと思いますし、文部科学省の組織としてのコミュニケーションについての洞察、文章チェック力も組織として見直すべきだと思います。

 しかし、文部科学省内部には、後で詳述しますが、文系軽視や文系廃止との思いは全くなく、文部科学省の真意とは全く異なる「文系学部軽視」というメッセージがウォールストリートジャーナルにまで掲載され、世界中に報じられてしまっているのは、国益上も由々しきことだと、憂慮しています。先日、米国の大学の友人からも、もう国際的な共同研究はできなくなるのかと、心配されてしまいました。