広島といえばやはり、原爆を抜きには語れない。場所は確かに広島市中心部だったが、筆舌に尽くせないほど悲惨な目に遭った影響は県民全体に及んでいる。この体験が今なお、広島県民の意識の深部に横たわるというか、静かに息づいているのは間違いない。

 旧日本陸軍の第五師団司令部が置かれた広島市は、明治期から「軍都」と呼ばれていた。それが原爆投下に結び付いたのは想像に難くないが、もともと広島県人は穏やかでのんびりとした気質の持ち主であった。なかでも、年間を通じて温暖で天候にも恵まれている瀬戸内海沿岸はそれが顕著である。中国山地に近い内陸部も、大差はない。映画「仁義なき戦い」で印象づけられた荒っぽい気性とは大きな隔たりがあるといえそうだ。

強烈な県民気質が見当たらない
だが、広島カープの応援ぶりは時に過激!

 この県はもともと、2つのエリア──旧国名でいうと安芸と備後──に分かれていた。

 岡山県に近い旧備後国(中心は福山市)を治めていたのは、最初、旧尾張国出身の福島正則、その後は旧三河国出身の水野氏(福山藩主に任じられる直前までは尾張国刈谷藩主)と、愛知県とゆかりが深い。そのせいか、今でもこの地域の言葉は尾張弁、三河弁と酷似している。気質も、堅実な愛知県人と共通する部分がある。

 一方、旧安芸国(中心は広島市)はというと、こちらも藩主の浅野氏が豊臣秀吉に仕えていた影響だろう、少なからず尾張の気風が感じられる。広島カープに対する、時に過激な応援ぶりを見ると、中日ドラゴンズのファンと同様、ひいきの引き倒しになるのではないかと心配になる。

 いずれにせよ広島県人には、他の県との顕著な違いを感じさせる、これといって強烈な県民気質が見当たらない。だが、その一方で、中国地方の中心たらんとの誇りもある。同じ中国地方にあって、プライドの高さでは他県の追随を許さない山口県人に対するライバル意識もなくはない。だが、中国地方の代表であることを認めれば、ギクシャクすることはないだろう。


◆広島県データ◆県庁所在地:広島市/県知事:湯崎英彦/人口:286万6571人(H22年)/面積:8479平方キロメートル/農業産出額:1030億円(H19年)/県の木:モミジ/県の花:モミジ(正式には決められていない)/県の鳥:アビ

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