どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

【できるリーダー】ミスした部下に「過去形」ではなく「現在形」で問いかける理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「タイムマシン・クエスチョン」とは?

「もしもあなたが今、タイムマシンに乗れるとしたら……?」

 1on1などで業務を振り返るような対話において、私は、ときどきこうした質問をするのですが、当然のことながら、驚かれることが多いです。

 しかし、カウンセリングやコーチングでは、このようなクリエイティブな質問がよく用いられます。相手の固定観念を外して、思考を柔らかくしてもらうのに非常に有効だからです。

 たとえば、こんな感じです。
「予算やスケジュールなど一切制限がなかったら、あなたはどうしたいですか?」
「もしも、相手があなたの言うことを素直に聞いてくれるとしたら、あなたは相手に何と言いたいですか?」
「もしも、あなた坂本龍馬だったとしたら、まずは何から始めますか?」

 これらは、クリエイティブな質問の代表例の一つである、「解決志向ブリーフセラピー(注)」などで用いられる「タイムマシン・クエスチョン」です。

相手のマイナス感情を刺激しない

「もしも、あなたが今、ここでタイムマシンに乗れるとしたら……。どの場面に戻って、何をどのようにやり直しますか?」

 この奇想天外な質問には、さまざまな仕掛けが施されています。
 順を追って解説していきましょう。

1)脳を活性化させる

 この質問はコミカルで、ユーモアを感じさせます。人間の脳は、緊張しているとパフォーマンスが下がりますし、「ネガティブ感情」に支配されているときには「理性」が止まってしまいます。そこで、「タイムマシン・クエスチョン」によってユーモアを感じさせることで、脳を活性化させる効果が期待できます。

2)「現実的な制約」を取っ払う

「タイムマシン」という非現実的なツールが入ることで、思考をがんじがらめにしている「現実的な制約」や「常識」などの制約が取っ払われます。

3)相手のネガティブ感情を刺激しない

 最重要ポイントは、「タイムマシン・クエスチョン」には、「問題指摘」と「原因分析」が一切含まれていないということです。たとえば、部下が取引先へのプレゼンで失敗したときの振り返りミーティングだとしましょう。そこで、「なぜ、事前にプレゼン資料を上司に見せなかったの?」とか、「どうして、取引先が求めるであろう、エビデンスを示す資料を準備しなかったの?」といった「問題指摘」「原因分析」をすると、部下のマイナス感情を刺激して、「反発」や「無気力」を生み出すリスクが高まります。

 ところが、「理想のプレゼン準備をやり直すとしたら、どのタイミングに戻って、何をやり直しますか?」という「タイムマシン・クエスチョン」は、「問題指摘」「原因分析」をすっとばして、いきなり「問題解決」に話を進めることができるので、部下も素直に振り返りができるようになるのです。

「過去形」ではなく「現在形」で話す

 このように、「タイムマシン・クエスチョン」は非常に効果的な手法なのですが、これを成功させるために、大切なポイントがあります。

 それは、問いかけはすべて、「過去形」ではなく「現在形」で行うということです。
 つまり、「過去に戻れるとしたら、何をしたかった(過去形)ですか?」ではなく、「何をしたい(現在形)ですか?」と問いかけるのです。

 これは、「ゲシュタルト療法」のカウンセリング・プロセスで行われる、「サイコ・ドラマ(心理劇)」も同様です。
「サイコ・ドラマ」とは、精神科医であるヤコブ・モレノが提唱したもので、「過去のできごと」を“今ここ”であたかも演劇のように再現し、未完了であった「感情」や「体験」を完了させていくのですが、その際に重要なのは、できごとを常に「現在形」で語り続けることなのです。

「現在形」だから没入できる

 なぜか? 演劇、テレビドラマ、映画を思い起こしてください。
 観衆である僕たちは、あたかもその劇の主人公になったような気持ちで、ハラハラドキドキしたり、怒ったり、悲しんだり、喜んだりします。その際、劇の登場人物は常に「現在形」で語ります。だからこそ、僕たちは“今ここ”でそれが起きているかのように錯覚し、没入できるのです。

 これは、カウンセリングにもあてはまります。
 カウンセリングで「過去の再現」をする際に、来談者が「過去形」で語ると、そこには没入が起きず、没入がなければ、そこには生々しい「感情」が生じません。それでは、未完了であった「感情」を完了させるという目的を達成することは不可能です。

 だから、カウンセラーは来談者が語る言葉の時制に注目し、常に「現在形」で語るように促すのです。そして、「タイムマシン・クエスチョン」においても、没入を生み出すためには、「現在形」で問いかけることが大切なのです。

(注)解決志向ブリーフセラピーで用いられるタイムマシン・クエスチョンは過去ではなく未来を体験する目的で使われる場合が多いようです。また「もしも魔法が使えて、すべて解決したとしたら、どのような情景が見えますか?」というミラクル・クエスチョンも多用されます。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。