株式投資をしていて「頭がいい人なら簡単に儲けられるんだろうなぁ」と思ったことはありませんか? どうも、どんなに合理的でIQが高くても、投資で成功するとは限らないようです。今回ご紹介する『天才数学者、株にハマる――数学オンチのための投資の考え方』は、数学者である著者が犯した失敗談に基づき、投資理論をひととおりやさしく解説します。その内容を少しご紹介しましょう。

年内利上げを視野に入れるFRB
市場はどう反応するのか

合理的なはずの数学者でも株で失敗する!<br />著者自らの失敗談をもとに投資理論を解説する良書ジョン・アレン・パウロス著、望月衛、林康史訳『天才数学者、株にハマる――数学オンチのための投資の考え方』 2004年1月刊。ややこしい数式などは一切載っていません。前提知識不要ですらすら読むことができます。

 世界的に株式市場、為替市場などのボラティリティ(変動幅)が高まってきました。私たちは今、転換点に立っています。

 2008年の米サブプライムローン問題、そして100年に1度のリーマンショック――。この金融市場動乱に対処すべく、米FRBが実施してきた量的金融緩和は2014年10月をもって終了、新たな資産買い入れは停止となりました。そして今、いよいよ金融緩和政策そのものが俎上に載せられています。利上げ、ゼロ金利政策の解除です。リーマンショック以来、緩和方向に維持されてきた金融政策のベクトルが、まさに変わろうとしているわけです。9月16~17日に開かれたFOMCでは見送られましたが、委員の8割弱は年内利上げを支持しています。

 それがどんな影響を及ぼすか、目の前に見えていることはあります。市場のボラティリティの高まりです。

 長らく、金融緩和→資産価格上昇→ボラティリティ低下→投資促進…という循環がもたらされてきた。そのサイクルが逆方向に動き、株式などの資産価格が乱高下しやすくなるわけです。株価の動きが激しくなることで心理を揺さぶり、個人投資家など参加者をハラハラ、ヤキモキさせることになります。

 すると、ただでさえ、合理的にいかない判断がさらに歪み、勘違いをおかしやすくなります。たとえば、典型的なのは「偶然の過大評価」。自分の予想が、たまたま、単なる偶然の一致で“的中”したにもかかわらず、「自分は見る眼がある」「すごい」と悦に入ったいるすことです。

投資の基礎知識を
天才数学者がやさしく解説

 そんな危なっかしい市場環境の下だからこそ、みなさんに是非、手に取ってもらいたい良書があります。『天才数学者、株にハマる――数学オンチのための投資の考え方』(ジョン・アレン・パウロス著)です。ベストセラー『数学オンチの諸君!』で、数や確率といった数学的思考の基本を、先の「偶然の過大評価」などの例を引き合いに出しながら、ユーモラスに解き明かした手練れの著者として知られています。

 著者は本書でも、ユーモアと皮肉を交えながら、「市場で成立している基本的な数学的関係を俯瞰し、探究する」というテーマを手際よく調理してくれます。
ところどころに、自身がワールドコム(WCOM、2002年に経営破綻した米電気通信事業者)への投資で大損し、「身ぐるみ剥がされた」ときの“おいしい”失敗談を挟みこみ、読者を飽きさせません。

 たとえば、WCOMに投資後、この銘柄に入れあげ、追認バイアスに陥って「良いニュースや予測、分析ばかりを探していた」と打ち明けます。

 彼ら(アナリストたち)は私の恋の相手について、決まりきった儀式のように「ストロング・バイ(強い買い推奨)」をばら撒いていた。実際、二〇〇〇年初頭にはほとんどの証券会社がWCOMを「ストロング・バイ」にしていた。(中略)私は成績のインフレや、映画や書籍、レストランの評価のインフレに慣れ親しんでいるので、こうした一様に肯定的な評価を真に受けたりはしなかった。だが、それでも、人がテレビのコマーシャルの、見るとすぐ馬鹿にしたくなる甘ったるいやりとりに影響を受けることがあるのと同じように、私もどこかでああいう「ストロング・バイ」を信じてしまっていた。(20ページ)

 株価が下落し、いよいよ雲行きが怪しくなってきたときには、こんな自虐ネタも披露します。

 ああ、私もまた、利益を得るために取ったよりも大きなリスクを、損失を回避するために取ったのだった。(中略)私の反応は、思い出すのも苦痛だが、「この価格で買えば、なんとか取り返せる」というものだった。私は、そうするべきではないとわかっていたのに株を買い増しした。明らかに私の脳みそと指の間には緩やかな結びつきがあり、私の指はだんだんと膨らんできた損失の実現を避けようとしてシュワブ・オンライン口座の買い注文ボタンをたたき続けていた。(31ページ)

 本書の魅力は、こうしたユーモラスな失敗談と舞台回しの巧みさだけではありません。

 読み進むうちに、株価乱高下時代を生き抜く個人投資家が身に着けておきたい「投資の基礎知識」を押さえることができます。以下のようなポイントです。

(投資、市場にまつわる論点は)
市場は効率的だろうか。ランダムに変動しているのだろうか。テクニカル分析、あるいはファンダメンタル分析には何か意義があるのだろうか。リスクはどうやって数量化すればいいのだろう。認知面での錯覚はどんな役割を果たすのだろう。共有知識はどうだろうか。一番よくある詐欺とはどのようなものだろうか。オプションやポートフォリオ理論、空売り、効率的市場仮説とは、何を意味しているのだろう。ベル型をした正規分布で、市場にときどき現れる極端な変動性を説明できるだろうか。フラクタルやカオスといった、あまり一般的でない分析道具はどうだろう。(7~8ページ)

「ナッシュ均衡」「損失回避」…
投資にまつわる重要な概念をきちんと網羅

 ここにいう「投資の基礎知識」は、取っておきのノウハウや秘訣ではありません。どうすればいいかを自分で考え、工夫するための「理論の基礎・枠組み」であり、「投資を含む経済学的な思考」に他なりません。

 実際、本書では「ケインズの美人投票」にはじまり、ゲーム理論の「ナッシュ均衡」「囚人のジレンマ」「最後通牒ゲーム」といった応用がきく経済学の重要概念、それに「アンカリング効果」「損失回避」など行動経済学のキーワードがきちんと網羅されます。

 本書の最終第9章「投資理論はパラドックス?……市場を超越できない投資家」で、著者はこう記します。

 議論の余地のない事実が1つある。ウォール街では夢物語と現実が居心地悪く同居している。人々がそうであるように、市場はおおむね合理的な生き物であるが、ときどき奥底に潜むアニマル・スピリットに刺激され、理性を失う。本書で述べてきた数学は、市場を(打ち負かすことはできないけれど)理解するのにしばしば役立つが、最後に心理面での警告を述べようと思う。本書で論じた数学的分析道具の裏付けになっているのは、結局、往々にして変化しやすく、また常に変化し続ける投資家の態度である。投資家の心理状態はほとんど計量できないので、それに依存して決まるものは何であろうと見かけほどには厳密でない。(247ページ)

 本書のメッセ―ジはこうした誠実な姿勢に貫かれています。それも本書をお勧めしたいゆえんです。