ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
SPORTS セカンド・オピニオン

亀田一家と心中したボクシング界とメディアの責任

城島 充 [スポーツライター]
【第101回】 2010年4月27日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 プロボクシングの亀田3兄弟をめぐる動きが連日、報道されている。3月27日のWBC世界フライ級王座統一戦で亀田興毅選手(23)が暫定王者のポンサクレック(タイ)に完敗、父・史郎氏(44)が試合後に立会人らに暴言を吐いた問題が尾をひいているのだ。

 日本ボクシングコミッション(JBC)は、史郎氏にセコンドライセンス取り消しの処分を科すことを全会一致で決定、今後いかなるライセンスの申請も受理せず、JBCの管理権限が及ぶ客席、リングサイド、控室への立ち入りも禁止した。

 史郎氏は事実上、日本のプロボクシング界から永久追放となった形だが、ここに至るまで、ボクシング界は視聴率至上主義のテレビ局にひきずられ、彼らに甘く接してきた面はなかったか。

 メディアの過剰な演出でフレームアップされた話題先行のアスリートが、リアルなスポーツの世界で頂点に立ち、やがてその未熟さをさらしていく。亀田家のたどった道を振り返ると、ボクシング界が彼らと心中した結果、大きななにかを失ったような気がしてならない。

テレビメディアの演出

 初めて亀田三兄弟の存在を知ったのは、今からもう10年以上も前になる。当時、彼らが練習していたグリーンツダジム(大阪・西成区)の会長から届いた年賀状に、まだ幼い風貌の3兄弟の写真が映っていた。

 当時の会長は、赤井英和さんを「浪速のロッキー」として売り出したことのある津田博明氏だった。津田氏は、この3兄弟をこれからメディアに売り込んでいこうと考えていたのだろう。その後、津田氏は病に倒れるのだが、亀田3兄弟は大阪の片隅から、一気に全国的な注目を集めることになる。

 きっかけは、テレビのドキュメンタリー番組だった。

 プロのリングにはあがらなかったものの、かつては自らの拳に夢を抱いた父親の史郎氏が、独自のトレーニング方法を用いながら、幼い子どもたちにボクシングの技術を叩き込む。その強烈な個性に注目したテレビのドキュメンタリー番組が、まだ、長男の興毅選手が無名のアマチュア選手時代から、彼らの背中をおいかけ、定期的に放送したのだ。

 至近距離から投げたピンポン球をボディワークでよける、先端にグローブをつけた長い棒を顔面にむけてつきヘッドスリップでよける、砂袋をアッパーの要領でもちあげる…。

 テレビ画面に映し出された亀田家のトレーニング、ボクシングにかける情熱は、確かに番組として取り上げる価値があっただろう。

 問題は、どう伝えるか、である。

次のページ>> 控え室で見た涙
1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

城島 充 [スポーツライター]

1966年生まれ。産経新聞の社会部記者を経てフリーに。戦前に来日したフィリピン人ボクサーの悲哀を描いた「拳の漂流」(講談社)でミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞を受賞、近著に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を卓球場の女性場主の視点から描いた「ピンポンさん」(講談社)。「Number」誌などに多数のノンフィクションを発表している。


SPORTS セカンド・オピニオン

サッカーから野球、大相撲や陸上に至るまで、あらゆるスポーツニュースを独自の視点で解説!スポーツニュースの「セカンド・オピニオン」を目指します。

「SPORTS セカンド・オピニオン」

⇒バックナンバー一覧