最近の日本企業関連の教材の中では、「最大のヒット作」と言われているのが、楽天の英語公用語化のケースだ。英語で悩んでいるのは日本人だけではない。フランス人も中国人も皆、英語で苦労しているのだ。ハーバードの授業でも、「英語ができないことがいかにつらいか」を語りながら、泣き出してしまう留学生もいるという。言語の問題に対して、なぜ私たちはこんなにも敏感に反応してしまうのか。楽天の事例はなぜ世界中の経営大学院で使用されているのか。教材を執筆したセダール・ニーリー准教授に聞いた。(聞き手/佐藤智恵 インタビューは2015年6月23日)

海外売上が伸びる前に
英語公用語化に踏み切った楽天

ハーバードの留学生が思わず涙する「楽天の英語公用語化」の授業 セダール・ニーリー Tsedal Neeley
ハーバードビジネススクール准教授。専門は組織行動。MBAプログラムでは選択科目「グローバル経済におけるリーダーシップ」、エグゼクティブプログラムでは「グローバル戦略マネジメント」を教えている。主にグローバル企業の社員が国や言語の境界を超えて恊働する際に直面する課題について研究。特に言語、権力、地位、感情が組織のダイナミクスにどのような影響を与えるかについて調査を進めている。企業の社内公用語戦略について多数のケース教材を執筆。楽天の英語公用語化についてのケース「Language and Globalization: 'Englishnization' at Rakuten」は世界各国のビジネススクールで教材として使われている。最新寄稿論文に“Global Teams That Work”(Harvard Business Review, October2015)がある。

佐藤 ニーリー准教授はグローバル企業の言語戦略の専門家として有名ですが、楽天の事例に興味を持ったのはなぜですか。

ニーリー 社内公用語を英語にした企業の事例は、ヨーロッパ等では数多く見られますが、日本企業ではまだ珍しいですね。楽天は日本のIT企業としてどんな新しいことに挑戦していくのか、ずっと注目していたのですが、三木谷浩史CEOが社内公用語を英語にすると聞いて、すぐに興味を持ちました。しかも三木谷氏は、短期間で一気に社内を改革しようとしていました。

佐藤 楽天はグローバル戦略の一環として英語化を進めましたね。

ニーリー 三木谷氏は日本企業のグローバル化に一石を投じようとしているのだと思いました。社内公用語を英語にすれば、グローバル化が推進します。コミュニケーションと言語はグローバル化の大変重要な要素なのです。

佐藤 楽天がユニークなのは、海外売上が伸びるのを見越して、早めに社内を英語化したことですね。

ニーリー 楽天が社内を英語化したのは2010年です。そのころいくつか外国企業を買収していたものの、それほど海外展開は進んでいませんでした。でも楽天は最初からグローバル企業になることを目指していた企業だったので、先に社内をグローバル化してしまったのです。英語化によって、買収先企業との統合をスムーズに行う社内体制を整え、国内、国外のナレッジ(知識)や社員の能力を最大限に生かそうとしました。