『美味しんぼ』鼻血事件と
鈴木元教授の問題発言

白石 最大の問題は、被曝です。
 被曝問題がタブー視されていて、取り扱うとバッシングされます。
 2014年4月に、雁屋哲さんが人気マンガ『美味(おい)しんぼ』で「福島に行ったら鼻血が出た」などと、被曝と鼻血について書いたとき、政府やメディアの示した対応が、私には衝撃的でした。
 逆に、たかがマンガに対して、あそこまで強く否定するということは、触れられたくない何かがある、と確信しました。

広瀬 私も驚きました。
『美味しんぼ』の問題が起こる直前に、私は月刊誌「DAYS JAPAN」で、「事故から3年すぎた今も、福島県の住民を全員、別の場所に疎開させたいと思っています。それには、県内の住宅をすべて破壊するほかないかもしれません。住宅をすべて破壊すれば、福島県民から殺されるかも知れませんが、県民の命を守るためにはむしろ、私はそれを望みたいくらいです。これから県内で起こる出来事が、正視できないレベルになる前に……福島の人を被曝させないために全員福島県から出したい」と、『美味しんぼ』と同じような内容を書いたのです。それには何の反応もありませんでしたが、あのマンガは影響力がすごいんですね。

白石 以前、テレビでもやっていましたし、単行本も数多く出ていますからね。私の場合、あのマンガがバッシングを受たことで、なぜ政府があれほど強く鼻血を否定したのかを調べました。
 それでわかったのは、広島・長崎の原爆症をめぐる裁判では、脱毛、下痢、出血、鼻血という身体症状が、原告勝訴の決定的な証拠となっています。

 つまり、フクシマでも、今後起きるであろう裁判で、こうした身体症状を主張されると政府に不利ですから、政府は声をあげさせない、記録させないと考えたのでしょう。
 最近でも、長崎で被爆手帳をもらっていない地域の人たちの裁判が高裁で争われていますが、そこで「鼻血は出ない、脱毛しない」と言っている学者は、福島で「安全です。初期被曝は小さい」と主張している人たちです。同じ人間なのですよ。

 たとえば、国の委託で初期被曝の線量を調査している国際医療福祉大学の鈴木元(げん)教授は、環境省の設置した専門家の会議で、
福島での初期被曝は少ないから、甲状腺ガンにはならない
福島県外の人は検査する必要はない
 と、くり返し主張してきました。長崎の裁判でも、鈴木氏は脱毛などの症状は被曝の影響とは考えられないと、同じロジックで言っています。
 原爆症認定訴訟の記録集にこんな記述があります。被爆者の発言です。ちょっと長いですが読み上げますね。

「私が一番腹がたったのは明石真言(まこと)氏の証言です。放医研の役職をもった人ですが、国側の証人になって出てきて、被爆後頭髪が抜けたのは神経のせい、下痢をしたのは衛生状態が悪かったんだと、法廷で繰り返しました。
明石証言は2008年の3月なんですが、これらの主張は30年近く前の松谷訴訟の時から国側が言っていることです。その後の裁判で最高裁にまで否定されているのに、繰り返し繰り返し同じことを言って、全然反省していません。

 彼は被爆直後に行われた東大や京大、その他の大学の調査団がまとめあげた調査報告も、これは信用できないと平気で言う。その明石氏が今では福島原発で放射能の影響を否定する側で活躍しています。ああいう人をいまだに国の主要な証言者のスタッフに入れているというやり方は、国側の被爆被害に対する姿勢を露骨に表しているものだと思います。本当に腹立たしい。」

 明石さんは現在、放射線影響研究所の理事ですが、福島原発事故後、緊急医療や被曝線量の評価について統括しています。
 つまり、ヒロシマ、ナガサキの裁判で、被害者の訴えを退けている専門家が、フクシマでも同じように、健康影響を否定しているのです。そういう意味で、鼻血を否定したということはすごく罪深いことです。

 実際に子どものことを心配していたお母さんたちは、そのあと、「体調が悪い」ということを言えなくなってしまったと言います。恐ろしいことだと思います。