夢がマネージャーとなった野球部に、新たに二人のマネージャーが入部してきました。彼らを含め五人となったマネージャーたちが、まず学んだのがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』
するとそこには、「イノベーションを起こすための七つの機会」が記されていました。そこで夢たちは、それらを順に学んでいくことにし、まずはその一番目にある「予期せぬことの生起」から考えます。
なぜならそれは、ドラッカーによれば、「一番信頼性と確実性が大きい」ということだったからです。

「人間って『成功』には鈍感なものよね」

「予期せぬことの生起──か」と、公平が首をかしげながら言った。「そこはおれも読んだんだけど、今のおれたちには関係ないんじゃないか、と思ったんだ」
「どうしてですか?」
「だって、おれたちはまだ、何も始めていないだろ? だから、何も起こっていない。予期していたことはもちろん、予期していないことも。それで関係ないんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど……」と、真実は腕を組んで考えた。それから顔を上げると、「とにかく、一度みんなで見てみましょう」と言った。
 真実は、本を開くと次の部分を朗読した。

予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないイノベーションはない。しかるに予期せぬ成功はほとんど無視される。困ったことには存在さえ否定される。(一四頁)

 そのとき、「あの……」と五月が再び手を挙げた。
「『予期せぬことの生起』って、どういう意味ですか?」
「なるほど、そうね……」と、真実は本に目を落とし、こう答えた。「『予期せぬことの生起』とは、予期せぬ成功、予期せぬ失敗、つまり、予期せぬ出来事が起こること──ドラッカーはそういっているわ」
「具体的に、どういうことが『予期せぬこと』なの?」
「この本では、『メイシー』での出来事を具体例として挙げているわ。この本が書かれる三〇年以上前……ということは一九五〇年代かな。ニューヨークの高級百貨店であるメイシーでは、予想に反して家電製品が売れ始めたんだって。なぜ予想外だったかというと、メイシーの主力商品は婦人服で、家電製品はおまけにくらいしか考えていなかったからなの。これが『予期せぬ成功』よ」
「なるほど──」と五月が言った。「自分たちの『こうしよう』っていう意図とは違う形で成功することが、『予期せぬ成功』というわけね」
「ええ。そしてドラッカーは、これほどイノベーションの機会となるものはないのに、たいてい無視される──といっているわ」
「無視?」
「うん。例えばさっきのメイシーにしても、当時の経営者がこんなことを言ったんだって」

だがうちのような店では、売上げの七割は婦人服でなければならない。家電の伸びが大きく、六割にも達したというのは異常だと思う。健全な水準に戻すために婦人服の売上げを伸ばそうとしたが、どうしてもうまくいかない。(一四~一五頁)

「へえ!」と五月は目を丸くした。「せっかく家電が売れているのに、あんまり喜んでないのね。どうしてそんなふうに考えてしまうのかしら?」
 すると真実は、次の部分を朗読して聞かせた。

予期せぬ成功をマネジメントが認めないのは、人間誰しも、長く続いてきたものが正常であって、永久に続くべきものと考えるからである。自然の法則のように受け入れてきたものに反するものは、すべて異常、不健全、不健康として拒否してしまう。(一六頁)

「そして、『変化を謙虚に受け止めるのは、とても勇気が要ることだ』とも書いているわ」