発注したくないアーティスト・ナンバーワン

山田 依頼者にしてみれば、フレスコっていう何百年も続いてきた技法があるのに、なぜわざわざテンペラで?って腹立ちますよね。案の定、はがれ落ちてきて、だから言わんこっちゃない、誰があいつに頼んだんだ!と。

こやま やっぱりちょっと、画家としてダメな人ですよね。

山田 いや、画家としてはスゴイでしょう。
チャレンジしてるんだから。
ただビジネスとしてはダメですね。

こやま そうか、プロとしてダメ。お金取っちゃダメな人。

山田 そうなんすよ。これ頼んだほうは、いい迷惑なんですよ。
高いお金払って実験されちゃったようなもんですから。
俺んちで試さないでくれよ!って言いたかったでしょうね。

こやま まあ、結果的には、超有名な絵になりましたけどね。

山田 でも、有名になったおかげで、大変な苦労をしてでも修復しなければならなくなったとも言えますよ。

こやま 修復はフレスコでしたんですか?

山田 いや、それは不可能。フレスコにするには一回はがして、漆喰塗って描き直すしかない。そしたら別の絵になっちゃうから。だから伝統的な匠の技と最新の技術を駆使して、はがれたところをちょっとずつ、ちょっとずつくっつけたりしながら地道に修復するしかなかったと思いますよ。

こやま 大変そうですね……。

山田 で、ダ・ヴィンチがスゴイのは、これで懲りたかと思いきや、全然懲りてないんですよ。十数年後、フィレンツェの市庁舎であるヴェッキオ宮の大会議室の壁画を依頼されたときも……。

こやま またテンペラで!?

山田 いや、テンペラでダメだったから、こんどは油絵でいってみようと、目先を変えて再チャレンジ。ところが、前回の反省を踏まえたつもりで開発した独自の下地が、大失敗。油絵の具と反応して溶け出して、今度は完成する前からダラダラ垂れてきちゃったそうなんですよ。

こやま アホですね……。で、どうしたんですか?

山田途中で描くのをやめちゃった。
そのまま放置して、当時雇われてたミラノに帰っちゃったんじゃなかったかな。

こやま ええー!?「もう知ーらない!」って?

山田 後にその尻ぬぐいをして今も残る壁画を描いたのが、ミケランジェロの弟子でルネサンスの画家たちの伝記を書いたことでも有名なヴァザーリって人。

こやま ……やりきれなかったわけですね。

山田 もっとも、ヴァザーリもダ・ヴィンチを大リスペクトしてたから、失敗作とはいえ敬意を払い、自分の作品で上描きしてはいないんじゃないかという説も根強くて。最近になって調べてみたら、ヴァザーリが壁画を描いた壁の裏にもう一枚、壁があったことが判明したの。
つまり、ヴァザーリは壁を二重にしてダ・ヴィンチの作品を残したんじゃないかと。そこでナショナルジオグラフィックがスポンサーになって調査が進められてたんだよね。ところが、去年ぐらいまでは「ダ・ヴィンチが使っていたのと同じ絵の具の痕跡が見つかった」なんてニュースが報じられてたのに、その後、ぱったり情報が途絶えちゃって。どうやら調査も打ち切られたみたいなんですよ。

こやま なかったってことですかね?

山田 たぶん。あるいは、ヴァザーリの壁画を壊してまで発掘する必要がないほど原型を留めてなかったとか。ま、そんな話もあったわけですけど、とにかく困った人なんですよ、ダ・ヴィンチは。注文した作品を完成させてくれないんだもん。

こやま発注したくないアーティスト・ナンバーワンですね。