近年、日本企業でも経営における「ダイバーシティ」(視点の多様性)が注目を集めるようになった。米国発のダイバーシティという概念は、単に女性管理職の数を増やすということに留まらず、さまざまな多様性を受け入れた上で彼ら彼女たちが持つ能力を“企業資産”としてビジネスに生かすことが前提となる。大企業では、性的少数者すなわちLGBT(ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーなどの総称)の当事者は、必ず一定の割合で存在している。なぜ、企業はダイバーシティに取り組む必要があるのか。2004年以来、日本IBMで旗振り役を担ってきたキーマンの下野雅承(しもの・まさつぐ)氏に問題意識を聞いた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)
――この1月1日より、日本IBMでは、LGBT当事者の社員を対象にした“同性パートナー登録制度”を始めました。これまで、国内の大企業におけるLGBT関連施策の実施状況では先頭を走ってきましたが、実現に至るまでにはどのような苦労があったのですか。
1953年、大阪府生まれ。78年4月、京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日本IBMに入社。営業畑が長く、2001年4月に取締役となる。LGBTの問題に関わり始めたのは、04年1月からで、ゲイタウンとして知られる東京の新宿2丁目に通ったり、LGBT関連イベントでスピーチをしたり、10年7月以降は“副社長兼旗振り役”を務める。社外での講演活動も多く、関連する話題を集めた分厚いファイルを携行する。最近、面白かった書籍は、ゴリラの同性愛について取り上げた章を含む『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)。16年1月1日からは、最高顧問に就任する。Photo by Shinichi Yokoyama
同性パートナー登録制度は、人事部に所定の事前登録をすれば、LGBT当事者(社員)と同性パートナー(社内外)に対しても、男女間のカップルと同じように、特別有給休暇、休職、慶弔見舞い、赴任旅費などが適用されるもので、人事部のダイバーシティ担当者や、社内のLGBTコミュニティなどが、数年がかりで取り組んできたものです。法務部も、汗をかいてくれました。
日本IBMでは、これまでにもLGBT関連施策では数多くのチャレンジをしてきましたが、大きな転機がありました。2012年から、同性同士の事実婚のカップルにも「結婚祝い金」(3万円)を出すようになったことで、この動きが国内のLGBTコミュニティの中で非常に高く評価されて、私もLGBT関連イベントなどにお声がかかるようになりました。また、私たちの取り組みを受けて、国内の他の企業でも後発事例がいくつか出てきました。これは、素直に嬉しいことです。今日までに、15組が結婚祝い金の申請をしています。
苦労というほどではないですが、米国のIBM本社で、実際に行われているLGBT関連施策をすべてリストアップすると、日本のIBMは「まだまだ、やり残していることがたくさんある」というのが正直なところです(苦笑)。
もっとも、米国に先行事例があるからといって、そのまま日本に適用できるわけではなく、中には無理というものもあります。現実的には、日本の法制度などでクリアすべき事項が多々あります。例えば、「こういう場合は、どうなる?」など、法律的なチェックを徹底する作業などは、担当者にとっては骨の折れる仕事です。さらに、営利企業ですから、法律的な部分以外では「会社の負担がそれほど発生しない施策に限る」という点も、重要になってきます。
――ダイバーシティという概念の一部である性的少数者については、LGBTとひとまとめに言われていますが、当事者でない人にとって最も分かりにくいのが、性同一性障害を含むTのトランスジェンダーだと思います。これから、LGBT関連施策を進める企業は、「トイレの問題」に頭を悩ませています。