「幸せ食堂」繁盛記
【第二十四回】 2016年3月25日 野地秩嘉

「早い・旨い・安い」を地で行く
日暮里の立ち食いそば屋は、ファンを“信者”にする!

日本でいちばんゲソを売る男

 日本の立ち食いそばの店舗数はおよそ3万1000店。客が多いのは新宿、渋谷、池袋と言ったターミナル駅のそれだろう。一方、駅から離れた交通量の少ないところに立地する店は何らかの特徴がなければやっていけない。

 日暮里駅から歩いて3分の場所にある一由そば。独自路線を行く人気の立ち食いそば屋だ。同店は24時間営業である。深夜でも早朝でも、店内には、そばをすすっている人がいる。時には10人以上が深夜にそばをすすっている。食事時は人であふれかえり、オーダーすることさえままならない。

 それほど、人がやってくるにはどういったチャームポイントがあるのだろうか。

 店主の小森谷守は断言する。

「うちは安いんです。そば一杯は200円で、小盛は百円。トッピングのたぬきは通常60円ですけれど、半分の『ちょいたぬ』だと30円。130円でそばが食べられる。缶コーヒーよりも安いそばを出しているのはうちだけです」

 しかしも安いだけではない。

「スピードです。そばを出すスピードはどこよりも早い。いま、立ち食いそばには行列のできる店があります。しかし、僕は嫌なんですよ。とにかく早く、さっと出す。茹で麺を使っているのは早く出すため。スピードは立ち食いそばの命です。行列ができないよう、必死になって仕事をしています」

 安いことと出てくるのが早いだけが同店の特徴ではない。

「てんぷらは自家製です。リクエストに応じて、季節の天ぷらもやります。一番人気のJKB(ジャンボかき揚のB)はお客さんのリクエストで開発しました。納豆のてんぷらも人気です。他の店ではあまりやってないと思います。また、エビ、イカ、アジ天などは無理ですが、他の天ぷらは『半分』というメニューを用意しています。ですから、ソーセージと紅しょうがの天ぷらを半分ずつ載せるということも可能なんです」

 安さ、スピード、自家製天ぷらが同店の特徴だけれど、実は、この3拍子が揃った店が日本でここだけとは言えない。一由そばほどではないにせよ、同じくらいの価格の店は地方にはあるだろう。

 ただし、次の特徴だけは間違いなく、この店だけだ。

「ゲソです。うちに来るお客さんの75パーセントはゲソ天、ゲソかき揚げを頼む。日本でいちばんゲソ天、ゲソかき揚げが出る店です」 

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

「「幸せ食堂」繁盛記」

⇒バックナンバー一覧