「幸せ食堂」繁盛記
【第二十一回】 2016年2月12日 野地秩嘉

30種類のおかずが、組み合わせ自由自在!
「楽しく食べる」という食事の原点を改めて思い出させてくれる店

毎日通っても飽きない食堂

 ゆずは定食屋だ。おかずは30種類以上もある。

 揚げものならば、あじフライ、えびフライ、きすフライ、チキンカツ、ヒレカツ、メンチカツ、鶏から揚げ。

 刺身はタコ刺し、あじ刺し、マグロ刺しにカツオのたたき。煮ものは肉豆腐、筑前煮、煮物の盛り合わせ、さば味噌煮、加えて、いつもあるわけではないけれど、主人がいちばん力を入れている料理、「しのだ煮」だ(しのだ煮については後述)。

 他にも、マグロ納豆、山芋とろろ、野菜サラダ、豚肉サラダ、牛たたき、冷奴、きのこと野菜の酢の物。いずれも手作りで、冷凍ものを油で揚げたものなど一つもない。

 ただ、しのだ煮をのぞいて、揚げ物、刺身、煮もの類が置いてある定食屋はどこにもある。

 ゆずが他の定食屋と違っているところは上記のメニューから2品を組み合わせて、ご飯(盛りがいい)、味噌汁、おしんこ付きで950円で出しているところだ。一品のおかずでも食べられるけれど、そういう人はゆずにはいない。そもそも来ないだろう。みんな、メインのおかずがふたつ付いていて、しかも値段がリーズナブルなところに惹かれて、この店を選んでいる。そして、「おかずが2品では足りない」人には3品付きの定食(1300円)がある。

 揚げ物が大好きの人だったら、ヒレカツとえびフライの2品を選ぶ。

「いや、おれはおとなしく低カロリーメニューでいきたい」人はマグロ納豆、きのこと野菜の酢の物の2品にする。

 組み合わせることが楽しいから、ついつい何度も足を運んでしまう。いつの間にか常連になってしまうのである。

 3品を頼む人は何かいいことがあった人だと思われる。注文している人の横顔を見ると、満面の笑みをたたえているからだ。彼は「これしかない」と信じて、おかずの名前を伝える。

「チキンカツ、あじフライ、牛たたきとビールください」

 声は弾んでいる。こちらまで上機嫌になってしまう。そして、3品を取り、日本酒を1本つける。 

 注意するべきところはひとつだけだ。とんかつだけは組み合わせメニューには入っていない。定食屋におけるとんかつはおかず界の王様だから、別格メニューになっている。とんかつと肉豆腐だったら1000円、とんかつとカツオのたたきだったら1350円。

 こう書くと、組み合わせだけが同店の長所のように思う人もいるだろう。しかし、そうではない。味がいい。ボリュームもある。揚げ物のころもはサクサクで、熱々。煮物は甘めだけれど、ご飯のおかずにはちょうどいい。 

 なんといっても、これだけのメニューをひとりで作っている主人の能力に感服してしまう。

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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